Chapter3:日本の音楽ビジネスの仕組み<5>(複雑かつ洗練された音楽業界)
『新時代ミュージックビジネス最終講義』(2015年9月刊)は、音楽ビジネスを俯瞰して、進みつつあるデジタル化を見据えてまとめた本でした。改めて読み返しながら、2020年〜21年視点での分析を加筆していきます。
未来を予見するためにも、現状を改革していくためにも、まずは 正確な現状把握が必要です。 守るべき掟と、変えるべきルール、そんな視点も交えながら、できるだけ構造的に説明していきます。
日本の音楽業界は、長い歴史の中で、洗練された仕組みを作ってきました。図のように、アーティストを中心にさまざまなプレイヤーが、それぞれの専門領域を受け持つ仕組みになっています。

洗練された仕組みを持つ日本の音楽業界
そもそも“事務所”と呼ばれる形態は、日本に独特のものです。戦後 に渡辺プロダクションが確立した形だと言われています。アメリカでは、アーティスト自らがビジネスに関して責任を持って、弁護士やマネージャーを雇い、ツアーのエージェントやレコードレーベルと契約するのが一般的です。日本の事務所のあり方はファミリー的で、新人のころからアーティストを親身に指導し育成していきます。さまざまな形態や事務所によるカルチャーの違いはあるので一概に言えませんが、事務所 社長とアーティストの信頼関係を軸に、他の所属アーティストとも良好 な関係を築いて音楽活動を続けていくというようなスタイルが、日本では一般的な形になっています。事務所の先輩アーティストが後輩の面倒を見る、というようなケースも珍しくありません。
アーティストの座組の組まれ方によって千差万別ではありますが、コ ンサート制作やレコーディングの現場も含めて、マネージメント事務所 が音楽ビジネスのキープレイヤーであることは間違いありません。
単純化し過ぎるのは危険なのですが、大きく分けると事務所は、芸能系の事務所と音楽系の事務所というように分けることができます。前者はテレビ局へのブッキング力、企画提案力をベースに仕事をします。日本音楽事業者協会(音事協)の加盟事務所が芸能事務所の中心です。一方、音楽系の事務所は、ラジオ局や大型フェスやライブのブッキング、アーティストのブランディングやクリエイティブな楽曲制作力を得意とし、コンサートを中心に活動を組み立てることが多いです。日本音楽制作者連盟(音制連)に加盟しているのは、こういった音楽系事務所が多 くなっています。
業界団体にはかかわりたくない、という人もいるでしょう。そこにエネルギーや時間を取られる必要は無いと思いますが、前述の実演家の著作隣接権に関して、放送での二次使用料、貸レコード使用料、今は無くなってしまいましたが私的録音、私的録画補償金などを受け取るために は、どこかの団体に加盟する必要があります。音制連なら、正会員にならなくても、誰でも権利委任者として分配を受けることができます。

マフィア抜きでツアーができる国
コンサートプロモーターという職種も重要です。業界では“イベンタ ー”と呼ぶことが多いのですが、会場予約やチケットシステムを手配し、 コンサートにまつわるもろもろを受け持ってくれる存在です。
東京であれば、ある程度の規模までは、イベンターを介さずにコンサ ートを行なうことは可能ですが、数千人以上の規模になると、ノウハウが違ってきます。また、地方で行なうコンサートでは、メディアへのプロモーションも含めて、イベンターとの協力関係が、より重要になっていきます。
ちなみに、これは全くの私見ですが、興行にはマフィアがかかわるのは万国共通だと言われています。しかしおそらく日本ほど、マフィア(反社会的勢力)と無関係にコンサートツアーをできる国は無いのではない でしょうか? 25年以上仕事をしていて、僕はそういった人たちと接する場面には一度も遭遇していません。これは、今の60~70代のイベンター第一世代の先輩たちが戦ってくれた成果です。
多くのコンサートプロモーターは、フォーク、ニューミュージックの ブームの時に、会社を設立しています。当時は、北海道は◯◯組、天竜川の向こう側は◯◯会などと、コンサートをやる時の縄張りが決まっていたとのこと。しかし「大切なコンサートに暴力団関係者をかかわらせたくない」と思った先輩たちが身体を張って、今のコンサートの仕組みをつくったそうです。日本を、マフィア抜きでコンサートができる国にしてくれた先輩たちに感謝です。
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他にも、細分化したスペシャリストは存在します。ただ、自分たちでやれることはやった方が、経験値にもなるし、コストダウンにもつながります。これまでの仕組みを、盲目的に受け入れるのは止めましょう。 一方で、既存の者に拒否感を持つのも無駄なことです。必要なら専門家 をお願いする姿勢も持ちましょう。思考停止せずに、良いものは使っていくという考え方が大切です。
テレビのブッキング
まだまだ大きな影響力を持つテレビには、どうすればアーティストを出すことができるのか......という疑問を持つ人もいるでしょう。テレビ局に対して力があるのは、連ドラの主役が務まる俳優か、バラエティ番組や報道番組の司会ができるタレントが所属している事務所です。芸能な世界でのし上がっていこうと考えるのなら、こういった力のある芸能事務所と組む以外の方法は無いと言って良いでしょう。
ただ、歌番組に出るのは別の話です。ヒット曲を持っていれば出られるのがテレビの音楽番組です。レコード会社を窓口に、ブッキングすることができます。アーティストとしてのブランドと楽曲の評価があれ ば、ドラマの主題歌などのタイアップも不可能ではありません。競争は激しいですし、芸能事務所の力が強い世界ですが、楽曲の力で勝てることもあります。
マスメディア、特に在京地上波テレビ局は伏魔殿です。新規参入して簡単に結果を出せるフィールドではありません。音楽好きというところで戦うのであれば、音楽専門チャンネルやラジオ局と、デジタル系のサ ービスを組み合わせて作戦を立てる方が、ストレスは少ないと思います。芸能界の仕組みは属人性が高く複雑で、経済的合理性だけで判断してもらえるところではないということは知っておきましょう。(続く)
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2020年11月付PostScript
久しぶりに自分が書いた文章を読み返して不思議な気持ちになりました。遠い昔のことのようで、今も通用することもたくさんあります。TVの影響力は着実に下がり続けて、デジタルサービス上での情報、ユーザーとのコミュニケーションに主流が移っている一方で、これまでの仕組みも脈々と続いています。2020年に音楽ビジネスに携わる人は現在過去未来を知っておく必要がありますね。可能性が広がっている面白い時代でもあり、同時に、やること、考えることが多くて大変な時代だなと思います。
日本独特(あとは韓国にある)のマネージメントフレームである「事務所」については、このレポートの中井さんのお話がわかりやすいのでご覧ください。
ちなみに、日本音楽事業者協会の専務理事の中井さんは、僕が代表を務めるStudioENTREの設立にご尽力いただいて、取締役会長をお願いしています。日本のエンタメ業界が崩壊していくという危機感を共有していて、スタートアップ育成を通じて処方箋を書いていこうというのが、僕たちの志です。従来の価値観で言うと、中井さんと僕がmixiから資金を得て会社を始めるというのは、かなりクロスオーバーな形です。時代は動いているなと、自分自身の立ち位置からも感じます。
本稿で触れている「コンサートをマフィアから守った」コンサートプロモーター各社は、コロナ禍の自粛要請で、苦しんしています。この危機をデジタル化が遅れていたコンサート制作全般をDXする機会にしたいなと、そして、コンサート事情を活性化したい、そのために僕も頑張りたいと思っています。
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