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ちょっといびつなくらいが、ちょうどええ

味が出るのって「形があるから」でも「美しいから」でもなくて、その間にある『不完全さ』とか『体温』みたいなもんが理由なんちゃうかなって思うねん。

ちょっと、手作りの不揃いなおにぎりを思い浮かべてみてや。

機械や型できれいに握られた、正三角形のおにぎり。あれはあれで、どこをかじっても同じ食感で、文句なしに美味しいし、機能美としては「美しい」と言えるかもしれん。でも、それを見て「味があるなぁ」とは言わへんやん?

一方で、おかんが握ってくれた、自分で握った
ちょっといびつなおにぎり。

「ちょっと右側凹んでるやん!」とか「なんか
これ、やたらデカない?」みたいな、不揃いな
やつ。てっぺんからちょっと具がはみ出してたりしてな。

あれって、形としては完璧な「美しさ」からは
程遠いかもしれん。でも、間違いなく「味」が
あるやろ?

それはなんでかって言うたら、形が不揃いやからこそ、それを握った人の「手のひらの温もり」とか「一生懸命に握ってくれた時間」が見えてくるからやんね。

「ちょっとお腹空かせてるやろうから、大きめにしといたろ」とか、そういう目に見えへん優しさとかストーリーが、そのいびつな形にギュッと
凝縮されてるねんな。

「形が美しいから味になる」んじゃなくて、むしろちょっと崩れてたり、不揃いやったりする『隙』があるからこそ、そこに人の心やストーリーが入り込んで『味』に変わるんやと思う。

完璧すぎるものって、付け入る隙がないから、見てて綺麗やけど感情が動きにくい。でも、手作りの不揃いなおにぎりみたいに、ちょっと「かっこ悪い部分」があるからこそ、愛着が湧くし、じんわりとした深み=「味」を感じるわけや。

だからさ、ちらっと見せる不器用さとか、
ちょっとした失敗の跡こそが、そのものの「味」の正体。人間だって、完璧な超人より、ちょっと抜けてる不揃いな人のほうが「味があって」魅力的やったりするやん?

そう考えると、毎日のちょっとした失敗や不器用な部分も、「ま、これもひとつの味やな!」って愛せるようになる気がせえへん?

それでは🍡


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