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心のデリートキー、それが豆。

「節分やから豆まきしよか!」ってなると、決まって出てくるのが「鬼は外、福は内」っていうあのフレーズやんな。

これ、実は現代でよう言われる「アウトプット」と「インプット」に例えると、腑に落ちるんやないかな?

まず「鬼は外!」。これって、自分の中に溜まった「邪気」とか「迷い」、もっと言うたら「溜め込みすぎて腐りかけた古い情報」を外に放り出す作業やと思うねん。

アウトプット」って聞くと、ブログ書くとか誰かに教えるとか、キラキラしたイメージあるかもしれんけど、実は「自分の中から出す」こと自体に意味があると思うねん。

「これ、もういらんわ」っていう古い考えを捨てる。

モヤモヤしてることを言葉にして外に出す。


これがまさに豆まきで言うところの「鬼は外」。
パンパンに詰まった部屋に新しい家具が入らへんのと同じで、まずは「出す(アウトプット)」せんと、新しいもんは入ってけえへん。鬼(=自分を停滞させるもの)を追い出すんが先決なんやな。

鬼を追い出してスッキリしたところに、すかさず「福は内!」。これが「インプット」やね。

でもな、ただ闇雲に情報を入れるんがインプットちゃうで。鬼(古い自分)を追い出した後の、「整ったスペース」にホンマに自分を幸せにしてくれる知識や経験を取り込むんが、正しい「」の入れ方やと思う。

「あ、これめっちゃええやん!」っていう気づき。

自分の血肉になるような深い学び。


空いたスペースにこういう「」を入れていくことで、ようやく自分の中の循環が良くなる。アウトプットして空きを作ったからこそ、福がスッと馴染むわけやね。

鬼は外」ばっかりしてても中身スカスカになるし、「福は内」ばっかりやと頭でっかちになって「鬼(執着)」が湧いてくる。

節分の豆まきみたいに、「勢いよく出して、温かく迎え入れる」。このリズムが、今の時代をゴキゲンに生き抜くコツなんかもしれんな。

ちなみに、恵方巻を黙って食べるんは、「インプットした福を逃さんように、自分の中でしっかり咀嚼して定着させる時間」って考えたら、あのシュールな沈黙もちょっと楽しくなってけえへん?

今年の節分は、豆をまきながら「よし、これで古い自分をアウトプットしたぞ!」ってスッキリしてみてな👹

それと自分の年齢と同じ数の豆を食べる行為は、noteの「ダッシュボード」でこれまでの投稿数やPV数を確認する作業になんか共通点あるやろ?

「これまでこれだけ積み上げてきたんだな」と、自分の歩みを噛みしめる時間。

数が増えるほど(年を取るほど)大変ですが、その分だけ深みが増していくと思いません?

それでは🍡✨


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