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合図

 神保町すずらん通り沿いにあるサンマルクカフェで合図を受け取ったから記す。
 「合図」とは何か。何も意図せず、見た、聞いた情報が、この瞬間の自分自身の心情に合致した時、私はその事象を「合図」と、そう呼んでいる。
 又吉直樹さんの『月と散文』というエッセイを読んだ時に合図を受け取った。
 そこには、三十一歳の時の又吉さんが十八歳の又吉さんに向けて文を書いていたということが記されていた。サンマルクのアイスコーヒーを含みながらこの本を読んでいる私も、ちょうど三十一歳。しかもあと一週間ちょっとしたら誕生日を迎えるから、より神秘的な縁を感じて合図を受け取ってしまった。
 私はこうした想像、妄想が膨らむような展開が大好物であるため、又吉さんには申し訳ないが、読み始めて数分しか経っていなかったが、本を閉じて、こうしてカタカタしている。
 私も十八歳の自分、当時、高校三年生の自分にメールを残したくなったのだ。
 メールしたいと言っても、実際には遅れないし、とりあえずnoteでアップしようかなと思ってる。何らかの近未来的ご都合主義作用でこの文章が高校三年生の私に届くかもしれないが、タイムパラドックスの心配はないだろう。私は多世界解釈論を信じている。世界線が分岐するから、今サンマルクで背中を丸めて打ち込んでいる自分にはタイムパラドックスは跳ね返って来ないはずだ。いや、そもそも当時から自分は、ぬべんと生きていたため、マイペースに面白がって終わるか。
 前置きが長くなるところも、私が未来の君である証明になるかな。でも、それだけじゃ信頼されないだろうから、又吉さんに倣って、私もいくつか証拠を並べる。と言っても、私は過去の記憶が薄い。
 はい、破綻。
 何年何組に所属して、担任の先生は誰で、何部に入っていて、修学旅行はどこに行ったとか、そういうことは覚えているんだが、肝心なその時の思い出が、目を瞑って脳内でぼんやり思い出す程度しかない。言語化できないのだ。だから、当時の友人と集まった時も、誰が誰にああしてこうなったなハハハという話に対して、腹抱えて笑うふりをして、覚えていないという表情を読み取られないように俯いている。
 ほら、こういうところも君っぽいでしょ。だから、挙げられる証拠が少なくて申し訳ないけど、とりあえず覚えていることを記すね。
 高校生活は野球に情熱を注ぐ毎日で、高校三年生は二回戦までは勝ち進むけど負けて、さっさと受験が始まったかな。ポジションはセカンド。イップスになってたけど、試合の時は治る不思議なイップスで、若干、打撃力があったおかげでギリギリレギュラーメンバーになれていたはず。そうそう、練習でノックを受けている際、イップスのせいで、キャッチャーに投げたはずが、ノッカーの監督にぶつけてしまってグランドから出てけと言われたこともあった。私のキャッチボール相手は、イップスで何度暴投しようとも文句ひとつ言わないで取りにいってくれてたね、だから確実に覚えてるのは、彼の背中姿かな。謝罪しかしない。彼の優しさは今も健在だよ、三十一歳でこじらせた性格をしている私に、いまだに優しい。というか、今も野球部で集まったりする。みんないい人。改めてお礼を伝えてください。
 あとは、映画と漫画と小説が好きだね。ネタバレしちゃうとアレだからあまり言わないけど、森見登美彦さんの作品はたくさん読んでくれたまえ。大学生くらいでこの意味がわかると思うから。
 思い出せることが少なすぎる……人に言われるんだけど、どうやら私は他人に対して関心が薄いらしい。人の目ばかり気にするくせにおかしいよね。いや、でもそうなのかもしれない。結局、人の目を気にしているのは、自分のことしか考えていないわけだから、他人を見ていない。これは本当に良くない点だと思う、もしできたらこの思考癖を治してもらえると、別の世界線の三十一歳の自分が生きやすくなるかなと思う。まぁ、私に直接関わってこないから、どっちでもいいよ。
 ここまで読んで気がついたかもだけど、そう、めっちゃ小心者。この性格が要因で、二十六歳〜二十九歳は本当に辛かった。職場の上司が、ジョージ・オーウェル顔負けの監視下に置いてくるディストピア指導方法を採用していたせいで、精神がまいっちゃったんだ。精神科クリニックにも通ったし、寝ると明日になっちゃうから毎晩意味もなく暗闇を見つめていたり、家の最寄りに隅田川があったから意味もなく散歩したりもした。会社のためではなく、そいつのために仕事をしていたね。彼を怒らせないために、彼を納得させるためには何をすれば良いか。その行為では会社の売上も成績も上がらないから、結局、ディストピア上司には怒られる毎日。いや、怒鳴られた方がまだ楽だったな、指導の時は、重箱の角を穴を開けるほど突くし、逃げ道をひとつずつ無くしてから、自身の失態をわざわざ本人に言わせるという悪質指導ぶり、自分が全て悪いですと長文で返さないと指導は終わらなかった。五年、その会社で頑張ったんだけど、ついに家族に相談してね、転職したよ。実はそこが二社目だったんだけど、(一社目はタイキックを受けるパワハラがあって辞めてる笑)三社目の会社は人間関係で選んだ。今はその会社で三年目、うまくやれていると思う。
 思い出を話すより、自分の性格を伝えた方が信じてもらえそうだから、途中で切り替えてみたけど、驚くほどネガティブエピソードばかりで申し訳ない。当時はここまで拗らせてなかったか、高校三年生の頃の方が精神的には強かったのかな。でもまぁ、イップスも辛かったよね。今じゃネタとして昇華しているから、あまり悩まないで。
 当時も若干難しいと思っていた人間関係は、どんなに悩んでもやっぱり難しいや。でも、今の自分の側にいる人達はみんな大切な人。それで十分なんだと、今改めて思ってる。青臭いかもしれんが、許せ、君は私で、私は君だ。連帯責任ということで。
 君にメールを送るきっかけになった又吉さんには感謝だな。だけど、そのきっかけになったのは、有隣堂書店のユーチューブチャンネルで又吉さんの回を観たからか。いや、その動画を見つけたのは、夢は思い続ければ叶うというのは、「実は精神的根性論ではなく脳科学的に実証されている」と説明してくれた動画のおかげか、その動画があって、夢について考え直して、小説家という職業を改めて知ろうとした結果、偶然、有隣堂のチャンネルを見つけたんだった。待てよ、その動画を教えてくれたのは母さんだな、社会人になってから悩み続ける私を家族全員が心配してくれている。何かと悲劇の主人公ぶる私を見捨てず励ましてくれている。家族が夢を応援してくれて、私に勧めてくれたんだ。遡ればたくさんのことが影響してるな。そうなると、小説家の道を諦めたくないって心に決めたのは、物語の世界に浸りまくっていたからであって、それは現実逃避、つまり、毎日、目を背きたくなるほど病んでいたことがきっかけとも言える。ディストピア上司も関わってくるのか?いやいや、その会社への転職のきっかけはタイキック上司だから、彼のおかげ?
 わからん。
 わからんが、今は確実に存在している。全てが今に収束している。
 君がイップスになったから、私は今、神保町のすずらん通り沿いのサンマルクで、隣の人がリズムよくゲップしているのを眉間に皺を寄せながら、この文章を打ち込んでいるのかもしれない。(この人、永遠にゲップしてる)
 とにかく、まぁ、君のその時間は君のものだから、このメッセージは知らん人の知らんエッセイ的な受け取り方で十分で、暇つぶしの一つにでもなればと思います。
 あとは、そうだな……地元の駅から少し離れたラーメン屋、そう、今、君の頭に思い浮かんだろうそのラーメン屋。潰れちゃうから早めに味っときなね。

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