「老人会」から学ぶ、人生の楽しい暮らし方/シアワセ時間は自ら作ろう
昨日は我が家でホームパーティをしました。
このところ毎週金曜日夕方、夫の同僚でもあった友人のDr.リニーの家のデッキで開かれるカクテルアワーを楽しむ会に顔を出しています。リニーのお宅は川沿いにあります。川の流れの見えるデッキで、木漏れ陽と鳥のさえずりを楽しみながら、好きな飲物を注いだグラスを傾ける時間です。

集まってくる面々は、リタイアした教授や先生など元教職者なのですが、生前の夫と親交があった方たちなので、以前は妻としてパーティーに同伴し面識がある人たちばかりです。夫が亡くなったあとも、わたしを気遣い声をかけて下さるので、焼き立てパンを持参しては、できる限り顔を出すようにしています。
皆さんリタイア組なので年齢的にはわたしよりもずっと人生経験豊富です。還暦のわたしが子どもに見えるほどの集まりなので、息子タローはその会をOld People Gathering「老人会」と呼び、「お互いの生存確認のため」に催されていると映っているようです。
実はそれけっこう当たっています。
毎週の会話のネタはその時々の政治、スポーツ、ゴシップ、家族のこと、健康のことなどといろいろなのですが、話すことでお互いの近況がわかるし、話すことからどんなモードにいるかも伝わってきます。
みなさん、もともとが学者なので、ネタによってはかなりマニアックだったり、深堀りだったりしますが、リタイアした人々にとってはそれを話す機会もなくなり、聞いてくれる人も少なくなるので、こんな会で話せることはいいことです。独り身の人にとっては、語る時間を持つことは孤独解消と呆け防止になるし、まさにタローのいう生存確認や健康チェックにも繋がります。
心理学の教授だったDr. R は長年、第一線で活躍してきたからこそ、リタイア後は出番がなくなったことで、自分の価値まで下がっていくような自己喪失感を感じているようです。彼はずい分前に離婚しているので独身です。ここ数年来、体調のすぐれない日が増えてきたので、リタイアを決断したようですが、体調がすぐれなければ人はより弱気になりますから、せっかくリタイアしても、リタイア生活を楽しめてはいないようでちょっぴり残念です。
パットという女性は、3度も結婚歴があります。数ヶ月前、その会で飲んでいたとき、わたしは不覚にもなにかの拍子に夫を思い出して涙がどんどん溢れて制御できなくなりました。急いで拭ったけど彼女はそれを見逃しませんでした。ただそっとわたしの隣にきて、手をぎゅーと握ってきました。
彼女は配偶者との死別を3度も体験したのです。言葉が何の役にもたたないことを知っているからこそ、ただぎゅーとしてくれたのだとわたしにはわかりました。そしてさりげなく笑えるジョークを続けました。さすが人生の先輩の成せる技だなと思いました。
何でもなさそうな、たわいない時間ですが、わたしにとってこんな“老人会”から学べることは多いです。そして昨日はこの“老人会”を我が家に場所をうつして催しました。いつもの会とちがうのは、息子タロー夫婦も仲間入りして、お寿司と音楽があることです。
たくさんのお寿司はあっというまに、みんなの胃袋におさまりました。お腹が満たされたあとは、わたしがピアノやハモンドで懐メロをどんどん演奏しました。タローはギターを、サムもピアノを弾きます。いろんなリクエストに応じて演奏していると、それぞれが曲の思い出を語りはじめ盛り上がりました。年代が同じでも、曲にある思い出はみんなちがうよねって言いながら、体を揺らしたりして、それはそれは楽しい時間になりました。楽しすぎて写真撮るのを忘れてしまいました。
昨日初めて知ったのですが、パットは若いころにはピアノを弾いていたそうです。ピアノを置かなくなってずいぶん時間が経ったので、たぶんもう弾けないといいますが、帰り際に言いました。
「こんなに楽しかったのは久しぶり。わたしももう一度演奏したくなっちゃた。音楽のある暮らしはいいわね。電子キーボードなら重くないので買おうかな?どれがおすすめ?」
うれしい一言でした。
「次にここでパーティするときも、絶対に声かけてね」とにっこり笑って帰って行きました。
喜んでもらえてほんとうにうれしい。
せっかく、夫が無駄に大きなリビングルームの家を作ったので、これを使わない手はありません。これからも自分とみんなのシアワセ時間のために、楽しいと思える時間生産にわたしの時間を使っていこうと決めました。
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