京都・白川町商店街の魔女【16】
16 お客様の胸のうちは
受け取った和紙には、こう書かれていた。
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下記予約時間より15分前に店に来てね。
9日 13:00
青果なのか、ワインなのか?
12日 19:00
山への登頂の道は、ひとつではない。
19日 16:00
言葉は言葉。行動は行動。
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……わからない。
いつもの事だけど、謎すぎる……。
私は、その言葉を何度も読み返した。
声にも出して、読んでもみた。
でも、やっぱりよくわからない。
仕方がないので、無理やりその言葉からイメージを絞り出して、ノートに書き留めた。
青果: 生もの、果物、新鮮、若い、ジューシー。
ワイン: 元果物、上品、熟成、深み、大人の飲物。
山への登頂の道 道は、いろんな場所にたくさんある、獣道とか。
徒歩、馬、気球、飛行機。
言葉は言葉: コミュニケーション方法、口から出て耳から入るもの、文字として書き目から入れるもの、物質ではない、未確定。
行動は行動: 動く、主体、意志、人から見える、確定。
そうして、考えてはみたもののよくわからないまま、三人のお客様の来店時に立ち会う事になった。
アシスタント初日。お部屋のアロマブレンドを手伝いながら、師匠からはこう言われた。
「あんな、ミサキちゃん。ここに来はるってことは、無意識であっても、何かしら心に課題を抱えてはる。そして、たいていの方の課題は、本人の口から出てくるものとは違うところにあるねん。その本音の部分を、考えながらみといてね」
アシスタントといっても、私は挨拶をしてお茶を出したりするだけで、お客様と直接話をすることはない。
お客様もみんな笑顔で、部外者の私をあまり気にする様子もなく、いつも通りって感じで師匠に先払いされた。
お客様に威圧感を与えないように、部屋の奥においた簡易椅子に腰掛けながら、やりとりをじっと観察した。
お一人目は、リピーターの30代キャリア女性。
ご利用メニューは、ハンドトリートメント。
今日の香りは、ゼラニウム、イランイラン、クラリセージ。甘くて、でもスッキリするような大人の香りだ。
机の上に、バスタオルを敷いて、その上に手を置いてもらう。
師匠は丸い器に入れたココナッツオイルを、お客様様の指先から肘へと直接肌に塗布して、両手でのばしていく。
ゆったりと、軽やかで、気持ち良さそう。
その女性は、とても綺麗な人だった。
みるからにキャリア女性。仕事ができる、強者のオーラが漂っている。
パンツスーツにピカピカの黒革パンプス、大きいけれど上品なトートバッグ。たぶんブランド品だろう。
「最近、会議ばっかりで本当に疲れてるの」
「確かに。手もとってもこったはるわ。休みの日は、ちゃんとビジネスモードはオフにして、気分転換してくださいね」
「そうしたいんだけど、休日にも電話がかかってくるの。責任者は辛いわ」
「大変ですねえ。まあ、星野さんは仕事と趣味がごっちゃになってるから、周りが思ってるほど、苦になってなさそうやけど」
「あら、バレてるのね。フフフッ、そうなの。なんだかんだ言って、忙しいのはドーパミンでるのよね。もう病気よ、病気。仕事中毒」
「星野さんは、以前にご自身でおっしゃってたように、高級ワインへと熟成中ですもんね。時間が経つ程、価値を生む薫り高き至宝」
「そう……。自分でそれを望み、突き進んで来たわ。でもフッと思うのよ。ああ、私、二度と葡萄には戻れないんだわって……無いものねだりね」
星野さんは、少し目を細めて、切なそうにため息をついた。
お二人目は、3回目の利用だという50代の中間管理職男性。
ご利用メニューは、人格仮面づくり。
説明を聞いたけれど、もひとつ何をするのか私にはよくわからない。
今日の香りはスーッとする、ローズマリー、レモン、ペパーミントブレンドだ。
上品な紳士で、なぜ『魔女のお店』に来られたのか、本当に謎だ。
落ち着いた質のよいスーツ、高級感のある黒革靴。白髪交じりの髪は短く綺麗に揃えられていて、どこかの社長さんといわれても納得する。
師匠はカルテの用紙に何かを書き込みながら、紳士の話を聞いている。
「やっぱり私にはもう、昔の自分が思い出せない。何が起こったのかは記憶していても、何を感じたか、なぜそう感じたのかは、わからないんだ」
「なるほど。松下様は、若い未熟な時代の感覚はもう思いだせない。だから、息子さんや、若手の方の気持ちを理解する事は難しいと」
「そうなるね」
「諦めるのはまだ早いですよ。こうしましょう。社運をかけて、若い方をターゲットにした商品を販売します。若い方について、頭のてっぺんからつま先まで、しっかりリサーチする必要がある、としたら?」
「なるほど」
「その若いペルソナを、息子さんや若手社員の方をイメージしながらつくっていくのは、どうですか?」
松下さんは、しばらくの沈黙の後、片頬をあげて声を落として言った。
「……上田さんは、ビジネスパーソンの思考をよくご存じだ。感服したよ。これなら、取りかかれそうだ」
「良かったです。ほな、そうですね。……目を閉じてもろて、浮かんでくるイメージ、言葉を口に出してみましょう。私がかわりに記録していきます」
三人目は、初回利用の女子大生。
ご利用メニューは、恋愛相談タロットカード。
今日の香りはラベンダー、ベルガモット、マンダリン。柑橘系の香りがとっても落ち着く。
とっても明るい、リア充っぽい20歳女子だ。
メイクもネイルも華やかで、最先端のファッションを取り入れている、いや、SNSで発信している側の空気感。ポンポンと師匠相手にタメ口をたたく姿に圧倒される。
「魔女の店っていうから、すごい人が悩みを解決してくれるんだって思ってきたけど、おねえさん、普通の人やん」
「フフッ、普通でごめんね。吉岡さん、ご予約の時にもお伝えしましたけど、私は悩みを解決するのはご本人自身やと思ってます。それでも、よろしい?」
「難しいことわからんけど、タロットカード引きたい。はよ始めて」
「わかりました。ほな、よろしくお願いします。何についてみましょう?」
「……最近、新しい彼氏ができたんで、相性とか、うまくいくかをみてほしいの。相手は照れ屋で無口で……。私をどう思ってるか、よくわからないっていうか」
さっきまでの勢いのある口調が突然、なんだかスローになった。
「私、タイパ、コスパを重視するタイプだから。もし、彼が私を大事にしてくれないなら、別の人を探そうかなあって……」
明るく笑いながら、でも顔は言葉とは逆に泣きそうな表情だ。
「わかりました。まずは、現状どんな感じか、今の道のままなら、吉岡さんの未来はどこに行き着きそうか、みていきましょか」
師匠は、いつもの純粋そうな笑顔で、ゆっくりと言葉をかけた。
吉岡さんの瞳が、すがるように師匠を見たような気がした。
カードの結果はあまり良くないようだった。師匠が、言葉を和らげて話しているのがわかった。吉岡さんはきゅっと唇を噛みしめていた。
「吉岡さん、カードの結果は以上ですが、私からお聞きしておきたい事があるんです。吉岡さんは、本当に彼のことが好きですか?」
「えっ?」
「この彼氏さんの事が、心から好きですか?」
師匠にまっすぐに見つめられ、吉岡さんはどう答えていいかわからないようだった。
「そんな事聞かれても……」
「よろしければ、そこをじっくり考えはったらいかがでしょう?私は、あなたに彼が好きかと聞いた。あなたは、答えられない。それは、いったいどう言う事なのかを」
吉岡さんは、黙ってしまった。
師匠はしばらく彼女をみつめた後、静かに最後の挨拶をした
「吉岡さん、今日はありがとうございました。今日のこの時間が、あなたの幸せや未来への道を、考えるきっかけになれば幸いです」
~続く~
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イラストはAIで生成したものを使っています。
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【この物語について】
失恋して痛みを抱えた20代の女性が、レトロな商店街で「魔女いてます」の看板をみつけて、物語が動き出します。自称魔女からだされる様々な課題をこなし、商店街の個性的な店主達と交流する内に、癒され成長していく『まったりスポコン系シスターフッド』のお話です。
【こんな方におすすめ】
🟢毎日何だかしんどい、心をデトックスしたい
🟢ちょっとお節介な年上の先輩に背中を押してほしい
本作は、主人公の成長譚であると同時に、私的な『実在する大好きな場所を頼まれてもいないのに勝手に物語で応援する実験』でもあります。懐かしい商店街と地域コミュニティをご体感いただいた後は、ぜひおうちの近くの商店街でお買物を👍
⏩️京都東山の某商店街をモデルにさせてもらいましたが、内容は完全創作です。現実の店舗、存在と一切関係はございません。ご理解の程宜しくお願い致します。
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