連載小説「家具屋姫」①
序幕
永遠の静寂に包まれた宇宙空間を航行する宇宙船。その殻外の静寂とは裏腹に、内部の混乱度合いは今まさに頂点に達していた。
「総員待避だっ! 脱出機に急げ!」
「だ、ダメですっ! 4番から18番までの通路は失われています!」
「では迂回ルートを各員に示せ! 22番から31番を経由すれば…」
「ネガティブ! 22番は汚染レベルが超限! コレスポンデンススーツ着用でも、2秒も持ちません!」
「なにっ! では後部区画はどうなっている!?」
「…1分ほど前を最後に、信号途絶…。センサー反応なし、です…。」
「くっ…!」
探査移民船パーペチュアルは、500名の移民を乗船させて居住可能な星を探す旅の途上、突如発生したエネルギーリボンに接触し、絶望的な状況に追い込まれていた。
宇宙船としての機能は失われつつある。
航行能力は既になく、惰性で進行しつつ、制御を失った船体の不気味な回転が、徐々に始まっている。
計算上、このままでは900秒もしないうちに回転速度が船体強度の限界を超えてバラバラになり、文字通り爆散することになる。
「…止むを得ん。新生児ポッドだけでも放出しよう。」
「船長…それは…!」
「わかっている! だが、このままでは生き延びる可能性は0だ。例えわずかでもチャンスがあるのなら、0よりはマシだろう!」
「し、しかし、近辺に適住星はソル星系第三惑星しかありませんよ? あ、あそこは悪名高い生命体が蔓延る地獄です! そ、そんなところに、我々の子供たちを…。」
その時、かろうじて電源の失われていない残りのモニターから警告音が鳴り響いた。
『警告! 回転率が異常上昇中! 強度限界点まであと200秒!』
「ッ! これ以上回転率が上がったら放出時にポッドが破壊されてしまう! 急げっ! 全ポッド放出だ!」
こうして錐揉み状態に陥った宇宙船から、放射状に次々とポッドが放出された。その数は20を数えたが、21番目に放出されたポッドは離脱時に掛かる重力加速度に耐え切れず粉々に砕け散り、それ以降のポッドはすべて同じ運命を辿ることとなった。
無事に放出されたポッドは、時折青と赤のシグナルを明滅させながらしばし宇宙空間にフワフワと浮かんでいたが、やがて一つの方向が決まると、列をなしてその方向へと航行を始める。
その向かう先のはるか遠くの宇宙空間に、青く輝く半円形の惑星が見え始めた頃、ポッドの後方ではパーペチュアルの最後が白い拡散光になって届いていた。
家具屋の翁
今となっては昔の話だが、家具屋の翁と呼ばれる老いた男性がいた。野山に分け入っては良質な木材を切り出し、「池屋」と言う屋号で家具や小物を拵えては売り、それで生計を立てていた。名を坂喜造と言う。
ある日、注文を受けていた竹篭用の竹材を求めて竹林に足を踏み入れると、根元が光っている竹を見つけた。不思議に思って近付いてみると、光に包まれた筒の中に、小さな人間がかわいらしい寝顔を浮かべながらすやすやと眠っているではないか。
「ややっ! これはまさしく、望みながらもついに子宝に恵まれなかった我ら夫婦に育てろということに違いない!」
そう考えた喜造は、光を放つ筒ごと家に持ち帰り、妻の媛に預けて養育させることにした。
「お媛や、見ろやこのかわいらしいこどもを。これだけ幼く小さいのだから、籠にでも入れて大切に育てようや。」
こどもに輝夜と言う名前を与え、大切に育てていると、不思議なことが起こった。
喜造が竹を求めて竹林に入るたびにまた光る竹を見つけるようになり、その竹を切ってみると、なんと節ごとに砂金が詰まっていた。こうして喜造は次第に金持ちになっていった。
輝夜はすくすくと育ち、ほんの三月ほどで見目麗しい年ごろの娘へと成長した。
髪上げの日取りを占って髪上げをさせ、見目にふさわしい衣装を着せた。
喜造もお媛も輝夜を外に出したくなかったが、輝夜がどうしてもと言うので池屋の店番に立たせてみると、輝夜の美しさが「家具屋姫」「池屋姫」などと大きな評判になり、池屋は繁盛を極め、喜造はますます金持ちになった。
とても喜造の拵える家具だけでは足らなくなったため、少し離れたところに作業場を作り、工人を雇って家具を作らせた。輝夜は店番だけでなく、自らが考案した機能的で誰も見たことのないような意匠の家具を工人たちに示して作らせ、これがまた大きな評判を呼び、その評判を聞きつけた遠国からも客が訪れるようになった。
喜造とお媛は、そうして訪れる客を茶菓でもてなすなどしながら、楽しく幸せに暮らしていた。
それから三年の間、三人はそうした生活を続けていた。
喜造とお媛は、夫婦だけではとても成し得なかった望外の幸せな生活に満足を覚えるとともに、この夢のような時間が終わってしまうことを恐れた。
この間、輝夜の美しさに心を奪われた幾人もの若者が訪れ、輝夜に婚姻を申し込むたび、二人はそれでも悲し気に微笑んでみせていたが、内心はとても寂しく、心細かったのである。
しかし、輝夜はついに首を縦には振らなかった。
最初の頃はそれを喜んでいた二人だったが、それではいけないと思うようになってきた。二人とも、明日が訪れるかどうかもわからない老齢に差し掛かり、輝夜の行く末を案じるようになったからだ。
「このままでは、輝夜が不憫じゃ。何とか、我らの命あるうちに、良いところに嫁がせたいものじゃが…。」
その後もそうした若者が訪れるたび、無理難題を押し付けては体よく追い払う輝夜の姿を見ていた喜造が、ある時、輝夜にその真意を尋ねてみた。
「輝夜や、かわいい輝夜や。そろそろお前もどこかに嫁入って、私たちを安心させておくれ。お前は自分を変化の人と言うが、親が子を慈しむようにして育ててきた我らを、どうか気の毒と思って安んじておくれ。」
「そうは仰いますがおじい様、今まで私を嫁にと口にした者は皆、私の上辺の美しさだけを見ているのであって、おじい様、おばあ様のようには私を愛してはくれないでしょう。だからこそ、その愛を確かめるために、私はあえて無理難題を突き付けているのです。多くの者はそれに立ち向かうことなく諦めて去り、それ以外の者は偽物を持って参りました。容易に燃えてしまう火鼠の皮、白樺の枝に陳腐な細工をしただけの蓬莱の珠の枝などは、おじい様もご覧になったでしょう? そんな男達に、どうしてこの身を任せられましょうか?」
こう言われては喜造もお媛も返す言葉がない。
確かに今まで訪れた者達は、とてもではないが輝夜には釣り合っていないような気がする。
しかし、この美しさと知性を兼ね備えた輝夜に釣り合うような男子が、この世にいるのだろうか?
いたとして、輝夜と出会うことはあるのであろうか?
そう考えると、喜造は夜も眠れなくなってきた。
そんなある日の夜、喜造は布団の中で悶々とするうち、暑くもないのに汗をかき始め、妙な息苦しさを覚えた。起き上がってみると、途端にぐらりと眩暈がする。
「これはいかん。」
喜造は最近、時折こうした症状に苛まれる。おそらくはこれが老いというものなのだろうが、気ばかり焦って自分で自分をどうしたいのか、わからなくなることがある。
そんな時は、輝夜に手を握ってもらい、その声を聞いているだけで心が安らぎ、痛みも苦しみも引いていった。
今夜もそうしてもらおうと、輝夜のいる部屋へと濡れ縁を急いだ。
途中で柱に凭れかかり、息を整えながらゆっくりと輝夜の部屋へ近付くと、その障子の向こうで何かがボウッと淡く光っており、中から輝夜が悲し気にすすり泣きながら、何かを話しているのが聞こえてきた。
「これ…輝夜や、輝夜や。こんな夜更けに、何を泣いておるのか…。」
喜造は自分の具合の悪さなどどこかに吹き飛んでしまうくらいに驚き、心配した。
障子を引き開け中を覗くと、輝夜があの光る筒を前にして、顔を袂で覆いながらさめざめと泣いている。
「ど、どうしたことじゃ。何をそんなに嘆くのか、この爺に話して聞かせてくれぬかや?」
輝夜は袂から顔を上げ、泣き濡らした顔で喜造を見つめた。
その美しさは、とうの昔に枯れ果てた喜造ですら一瞬どきりとさせられるほどに健気で、儚げであった。
「これをお話してはおじい様おばあ様が悲しむと思い、ついぞこれまで話せずに参りましたが…。」
そう前置きして語り始めた輝夜の話は、驚くべきものだった。
小説「家具屋姫」①
了。
短編のつもりで書き始めましたが、面白くなってきて続けることにしました。プロットなしの筆任せ…。
興味を持たれた方は、もう少しお付き合いくださいませ。
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