ハーバリウム①~雨の日のバータイム~
ザーザーと雨が降る。
天気予報の話では雨はこのまま夜半まで続くという。
ノイズ混じりのラジオをBGMにしながら、外を眺めているとカラリとグラスの中の氷が音を立てる。
「今日あたり、あれが来そうですわね」
カウンター越しに話しかけると、相手はちらりとこちらを向くだけで棚にある酒を確認する手は止まらない。
聞いているか分からないけれども、独り言に近いから、返事など求めていない。
「今夜は一体どんな話を聞かせてくれるのでしょうか?」
返事はなく、代わりにグラスの音がカラリと鳴った。
「こんばんは」
ドアベルが音を鳴らすと同時に声がする。
窓から見ている限り、ラジオの予報通り雨は続いている。
雨を纏ってきた男は、いつも通りにこりと微笑む。
その顔をちらりと見てから、バーカウンターに視線を戻す。
「また雨ですね。なにやらここに来るたびに雨に降られているような気がしますよ」
「逆じゃない?あんたが雨を連れてきているの」
「なるほど、そうとも言えますね。
しかし……人の心は操れても、天候は操れませんよ」
「何を言うのやら。うまいことでも言ったつもりかしら?」
グラスを傾けながら女が言う。今日は肩ひもの細いスリットの入ったドレスを着ている。
白く美しいうなじが見えるように結い上げられた髪。
証明のライトに反射して、それらが細く長く影を作るように落ちている。
「そうですね、美しいあなたに言われたら、それが嘘であっても万人が全て納得するのでしょうね」
「お世辞は結構。そんなバカなことを言いに来たのなら、帰ってちょうだい。あと、私の美しさは万人に受けて当たり前なの」
女の自信満々な発言に薄く笑い返しながら男は窓の外をみる。
「それは困りますね。この雨の中帰れと言われたらそれこそ風邪を引いてしまう」
「……注文は?」
今まで静かに二人の会話を聞いていたバーテンダーが問うてくる。
男はカウンター席に座りながら「そうですね……」とあごに手を添えて呟く。
「ギムレットを。今日はある意味“長いお別れ”の話ですから」
「ギムレットのカクテルに由来する話ね。
ということは、今回もあれの情報は掴めずね」
「お役に立てず申し訳ない。ご依頼の件、なかなか難しくて。
その代わりですが、こんなものを用意しました」
男は鞄から細長い包を出す。女はちらりとそれを見てまた前を向く。
そんな女に男は気にする様子もなく、つつみを上げる。
中からは細長い瓶に色とりどりの花が詰められ、液体が入ったオブジェーハーバリウムがでてきた。
「これもある意味で長いお別れに纏わるものなのです。
人はどうして、美しいものを小さい箱なり瓶に閉じてきたがるのですかね。
永遠、なんてどの次元、どの世界にも存在しないのに。人はそれを求めてしまう」
「あんたがこの間話をした趣味の悪い与太話と同じね」
「おやおや、おぼえていただいて光栄です。
あれは自分の芸術を最高のものにしようとしたものの末路でしたが、今回はある意味で長いお別れ、ある意味では幸せなお話ですよ。
今宵は望むものは提供できませんから、酒の肴に聞いてください」
②へ続く。
