見出し画像

「ギアはニュートラル。どこにだって行ける」十年目の雇い止め

雇い止めの通知

今日正式に大学が私の契約終了を決定した。

今の気持ちを例えると、もう相手に気持ちはないのはわかってて、それでも惰性でずるずる付き合いつづけた結果、相手がちゃんとはっきりと「もう必要ない、別れよう」と言ってくれたような心境。

振るより振られるほうが楽。自分じゃどうしようもないことだから。
はっきり言われるほうがいい。

九年九カ月……約十年。長かった。コロナの三年挟んだせいもあると思う。

旧キャンパスで三年、コロナで三年、新キャンパスで三年か。
戻ってきたのは、昔を取り戻すためでもあったが、世界はがらりと変わっていた。

それはそれで良かった面もあり、過去は取り戻せなくても、新しい出会いもあった。

昨日学校の権力構造で頭きて寝れなくなってたが、十年近くずっと学生側で同じスタンスってある意味すごいのかもしれない。

そもそもこの学歴超重視社会の中国で、大した学歴もない私が十年大学で教えてきたって、ある意味すごいなと思った。

私の友人は昔から学者や研究者もなぜかわりと多いけど、そのうちの一人で最も信頼してる友人に「大学の仕事終了した」と報告すると、「おめでとうございます」と言われた。「新しい生活への第一歩ですね」と。

彼女はいつも私のことを全然心配していない。

「手放せば入ってくる人だって思ってるので」と今日も言われた。すごい信頼。私以上に私の人生を高く評価して信頼してくれてるといつも思う。

まあ、またもとの何もない自分に戻るだけだ。

何もないからこそ、自分を評価してくれた人は自分自身を見てくれたんだと感謝する。

やはり一番は学生だったな。

イメージとスペック

最近、卒業生から自分が働いている学校に外国人の先生が必要だから来てほしいと言われたが、学歴を聞かれ、学士だから断られた。

頼んでもないのになぜか申し訳なさそうに断られ、なんかこれに近いことと言えば、日本のお向かいさんにバツイチ40代男性をしつこく勧められた時のこと。

別に興味はなかったが、その人に三人の子どもがいて下の子が9歳というのが気になり「子どもと遊んでみたい」と言った。でも相手の方が私の年齢だけで断ってきた。

どっちも共通して言えるのは、私を知っている側からは熱烈推されるが、私を直接知らない側は、イメージとスペックで断ってくるということ。

まあ、そんなもんだ。

それでも、直接知ってる人が私の中身で評価を高くしてくれるのは、パッケージだけで求められるよりありがたいことなんじゃないかと思う。

今回、私に雇い止め通知してきた国際部の人も、そんな義務などないのに、中国の大学のグループで推薦してもいいとまで言ってくれた。

この人は何度か直接会ってるし、私のことも知っている。

もしかしたらこの十年弱、学歴が不充分な私がこの中国の大学で働き続けられたのは、同僚の先生の評価のおかげもあるかもしれない。毎年学生の授業評価や同僚の先生の査定はあったし。

そう考えたら、十年もよく大学で先生できたよなーと思うし、私の人生の中で一番長く続いた仕事だ。それだけでもすごいわ自分。

人という財産

高校の同級生もちょうど今日仕事を辞めると連絡きて、お互いの人生応援した。思えばこの友人のおかげで私は大学に入れて、そのおかげで大卒の学歴できたから、中国の大学で働けた。

さっき中国の友人ともチャットしてて、めちゃくちゃ年収多い彼が「僕はもう何もいらない、家屋を買ったり売ったり虚しいだけ」と言い出して、結局大事なのは家族や人だと言った。

そして私が中国を去ることもすごく残念がっている。
思えばこの人も地位も肩書も関係なく、人としていつも私のことを尊重してくれる人だ。

卒業生でもはや家族同然な女子とは姑問題や娘のことについてのチャット。出会ってからすでに9年。いつも近い存在で、学生通訳だったのが卒業して、私が彼女の仕事の通訳の手伝いもしたり、結婚出産で家族問題相談のったり、今は娘も私になついててもはや孫。定期的にビデオチャットをしている。

私が大学を辞めたって中国を去ったって、自分が築いてきた人間関係は私が何者であろうとたぶんこれからも変わらない。

さらに「いよいよ戦力外通告来たぜ」と仲いい卒業生男子たちとのグループチャットに送るとこの反応。

もう先生じゃなくても「先生」があだ名みたいなものになるんだろう。

不思議だ。すっきり、さっぱりだ。

何かを失ったようで、実は何も失ってない。
いつも私の一番の財産は人だった。

ギアはニュートラル

ここのところわりと虚しいというか感傷的ではあったのだけど、はっきり終了決定したら、なんかほんとすっきりした。まるで離婚の時のよう。

さらに言うと、もうあとは余生と思った25の時のようだ。
夢破れ無職で何の希望もなく、後は余生だと好きに旅していた時に、たまたま出会った葉祥明さんに言われた言葉を思い出す。

名乗って無職であてもないと言ったらこう言われた。

「ギアはニュートラルだから、どこにだって行ける」

どうやらまだ余生は続く。

とりあえず、ここ棗荘での「おもしろ伝説」は終了。

意外なことに自然と湧き出てきたのは感謝の涙だった。

『ありがとう』

今は心からそう言える。





















いいなと思ったら応援しよう!