失われた記憶の質量
大人になると、知らないアザが増える。
痛みも、記憶も持たない、青黒い血の滲み。
シャワーを浴びていると、膝の内側に身に覚えのないアザを見つけた。
指先で触れる。
毎日使う手のひらは乾いて、細かな線が増えたのに、膝の内側だけはまだ赤ん坊みたいだった。
薄くて、やわらかくて、少し触れただけで指が沈みそうになる。
柔らかい皮膚に指先を沈めると、そのアザは指の圧迫を感じた。
指先を押し返すように、その奥だけが少し硬くなった。
風呂から上がって、もう一度確かめる。
水を含んだ皮膚は、光を抱きこんだみたいに明るくなる。
そのせいか、赤みの差した紫色はよく目立った。
私の膝は硬い。
何年も私の体重を支え続けた膝は、曲げるたびに少し考える。
階段を下りる朝は、とくに返事が遅い。
だから私は、機嫌をうかがうように膝を撫でてあげなければいけなくなる。
そんな頑固な膝が、こんなに柔らかい皮膚を隠していたことに驚く。
隠していた、という言い方が変なのはわかっている。
膝に意思なんてない。
それでも膝の内側だけは、長いあいだ誰にも見せるつもりのなかった場所みたいだった。
自分にさえ。
鏡の前で、ほかの場所にも目をやる。
すねの脇には、細く白くなりかけた引っかき傷があった。
これはたぶん、先週あわてて片づけた段ボールのふちだ。
足首の上には、靴擦れの跡がまだうっすら残っている。
新しい靴は、履くたびに少しずつ足に嘘をつかせる。
手の甲の小さな赤い点は、夕飯の支度をしていたときの油はね。
太ももの外側の黄色くなりかけたアザは、テーブルの角かもしれないし、満員電車で押された拍子かもしれない。
見つけて、触れると、少しだけ痛みを思い出す。
でも、そうやってひとつずつ名前を与えていくと、少し安心した。
傷には理由がある。
理由があれば、忘れてしまってもかまわない。
治るまでのあいだだけ、そこにあればいい。
私は鏡に近づいた。
鎖骨の下。
うっすらと黄色くなりかけた跡がある。
何だっただろう。
バッグの紐か、電車の吊り革か、それとも寝返りを打った拍子だったか。
二の腕の裏には、小さな青い点がいくつも浮かんでいる。
押してみても、もう痛くはない。
肩を上げる。
脇の下を通り、肋骨の脇を滑り、腰骨の出っ張りにぶつかる。
普段は見もしない場所に、知らない身体が次々と現れる。
背中を見ようと身体をひねる。
鏡の中で、肩がゆっくり後ろへ回っていく。
雑巾を絞るみたいに、背骨が一本ずつねじれていく。
その動きだけが気になった。
私は自分の身体を探している。
身体は探されていることにも気づかず、いつも通り動いている。
もう少しだけ、そう思ってひねるたび、背骨は律儀に応えてくれる。
こんなふうに曲がることも、ねじれることも、私は今日までちゃんと知らなかった。
どんなに体を捻っても、見えないところに手を伸ばして触れてみる。
こんなところ、どこで傷つけたんだろうと何度もそのザラつきの上を指でなぞる。
こんなところ、どこで傷つけたんだろう。
爪だろうか。
眼鏡のつるだろうか。
美容院で髪を乾かしてもらったときだろうか。
どれも違う気がする。
身体は何も思い出さない。
代わりに、声だけが浮かんだ。
「まあ、これでいいかな。」
私に向けられた抑揚のない声が、細い傷口に沁みた。
鏡の中の自分を、上から下までゆっくり見ていく。
この身体は、私の知らないところで何度傷ついてきたんだろう。
気づかなかっただけなのか。
忘れてしまっただけなのか。
それとも、傷ついたことさえ知らずに生きてきたのか。
鏡の中の私は、片脚を少し曲げたまま立っている。
血を流し、皮膚を塞ぎ、骨を支え、私が見ていないところで、何事もなかったように今日まで働き続けてきた。
体を観察し続けていると、自分の身体が地図みたいに見えた。
どこで傷ついたのかではなく、何を受け止めてきたのかを記した地図。
地図がないと、私は私の体を見つけられない。
もう一度、膝の内側に触れる。
そこだけは、まだ赤ん坊のままだった。
私が、まだ何も知らない場所だった。
