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私の光る君へ〜大河「光る君へ」47話・哀しくとも・雑感〜見逃した方もどうぞ

1019年 4月12日 船越の津近くの海岸
 異国の賊に追われる、まひろ、周明、乙丸。
 武士団と共に、双寿丸も到着し三人を逃がそうと奮戦。激戦の中、まひろをかばい周明は胸を矢で射抜かれる。
 周明に取りすがり、泣き叫ぶまひろを乙丸が必死に引きはがし、連れて逃げようとする。「逃げろ」という周明の声。
【逃げろ、そして生きろという気持ちをこめて言っていると思う、という、洪平氏談。でも、なんか松下洪平の無駄遣い~の気持ちが抜けない。二人で宋に行ってほしかったかも…】~タイトル~

4月17日 都 内裏 
 大宰権帥・隆家からの異民族来襲の最初の解文、飛駅(速達)で摂政・頼通に届く。
 行成、道長にも報告しようとし、摂政・頼通は父は政から引退した、心配をかけるな、黙っておれ、と止める。

4月18日 土御門殿 道長の居所
 隆家は実資にも文を出していて、実資はその内容を道長に知らせる。
 道長は「朝廷が隆家を見捨ててはなるまい」と言う。そして実資が去った後、大宰府にいるかもしれないまひろを案じ「生きておれよ」とつぶやく。

4月19日 陣定
 前々回、頼通が道長に相談した通り、左大臣・顕光の老耄がひどい。
 行成は祈祷、公任は大宰府の事は大宰府で、と危機感なし。
 実資は、海の守りの為に、全国に武者を差し向けるべきと言うが、誰もとりあわない。頼通も、まさか都までは攻めて来ぬ…と、このまま様子を見る判断。

同日‽ 土御門殿 道長の居所
 道長に、民が多数死んでおるのだぞ、と叱られる頼通。
 私は摂政と【随分遅い反抗期みたいな、こりゃ駄目】頼通。
 口は出さないから、備えはしてくれ、と頼む道長。
 倫子は「あなたの思うようにやりなさい」「父上も若い頃は迷ったはず」「上に立つ者は誰よりも苦しい」と。
【災害や疫病が当たり前にあり、死が生の極近にあった時代における、高貴なるものの義務は、わかりづらい⁉】

大宰府 権帥の館 ショックで寝込んだろうまひろ
 様子を見に来てくれる、帥様・隆家。
「悲しくとも、苦しくとも、人生は続いていく故…仕方がない」
「私も周明と一緒に死ねばよかったのです」
「周明のことは忘れずともよい…ここでずっと菩提を弔ってもよい…」
【ふと、まひろよりも大人に見える隆家。この人が道長の後継であったらと、反実仮想をしてしまうのだが、この人のDNAは今後も日本史を彩ってくれる💛】

4月26日 土御門殿 道長の居所
 実資、隆家からの文持参。敵を対馬以北まで追い払った、と。隆家の将としての才を褒め、彼が「朝廷も武力を持たねばならない」説を思い出す実資。
「武力に頼る世であってはならない」と正論・道長。
「それは勿論ですが…前例を拘っていては政も難しい…」と去ろうとする実資に、隆家への文に消息を確認してほしい者がいる、と頼もうとするが、やはり必要ないと取り消す。

【先に、隆家から朝廷に、勲功者への褒賞を願う文】
6月29日 陣定
 やっと議題になるが、朝廷からの命令を待たずに戦ったのだから、私闘であり、私闘に褒賞はいらない、と、公任、行成などが言い出す。
 実資は、命を懸けて戦った者に褒賞がなければ、今後国の為に奮戦する者などいなくなると、憤慨する。
 結果、褒賞者1名。※
同日か‽ 土御門殿 道長居所
 陣定の結果を愚痴りに来た実資。公任が来て、帰る。
 反対側の立場を伝えに来た公任、「隆家はお前の敵ではなかったのか」。
「国家の一大事にあっては、起きたことの重大性を考えるべきである…公卿たちは緩みきっておる」と返す道長。斉信が「まあまあ」と入る。公任、座をけって去る。
【本当にこうだったかはわからないが、日本史の教科書自体が長らく「刀伊の入寇…藤原隆家らが撃退…」の脚注一行書。推して知るべし。】

数日後‽
 行成に書いてもらった、自ら編集の和漢朗詠集を手にしょんぼりの公任。慰める行成。
我ら、平安オタクの為に、いろいろ詰め込んでくる】

こちら大宰府 隆家
 予想通りの低評価の、都からの返信。
 武士団の頭たちに詫びる隆家。
 平為堅を肥前守にすると言う。
【※明確に恩賞の記録があるのは大蔵種材のみ壱岐守。『大鏡』では隆家を除く部下や武士団は皆恩賞に預かったと記述。平為賢は1019年肥前守叙任の記録。壱岐守も肥前守も、位が高くなっただけの国防配置で、褒賞と言うのも❓考えると、気の利く隆家は、年爵を持つ脩子内親王の叔父。連れ去られた民を送り届けてくれた、高麗使節への謝礼の黄金も隆家の自腹。どの位、富める御方なのか💛】

夏 大宰府 周明の死で憔悴のままのまひろ
 双寿丸は、殿=平為賢が肥前守に着任するので、自分も肥前に行くと告げ、肥前で武功を立て続けると言う。まひろは、武功とは人を殺すことでは❓と暗い顔をするが、双寿丸は「早く立ち直らねば、周明が浮かばれぬ」と言い、去る。

同じ頃‽ 土御門殿
 道長は、賢子とすれ違い、その母藤式部の生存確認をし、「太皇太后(彰子)様にお目をかけていただいておるか」と問い、賢子の明るい返事にほっと笑顔に。

冬 大宰府 雪景色 乙丸一世一代の主張【ありがとう💛】
 隆家は大宰権帥の役目を終え、都に戻る、一緒に帰るかと尋ねるが、周明を引きずり考え込むまひろ。
 ここで乙丸❣構わず「お方様❣私はきぬに会いとうございます❣」と。
【隆家もびっくり❣】
 ところがなんと❣まひろ「ならば、乙丸だけお帰りなさい」
 乙丸「もうお方様❣お方様も一緒でなければ嫌でございます❣あんなことがあったここにいてはなりませぬ❣帰りましょう❣」「帰りたい…。私は帰りたい❣都に帰りたい❣お方様と帰りたい❣」と号泣説得。「会いた〜い❣帰りた〜い❣」と連呼絶叫。優しい隆家の困り顔。まひろ困惑~観念。
【ン十年、乙丸はまひろのトンデモ現場に付き合わされて、無事にきぬさんにお返ししなくちゃいけないわ❣~どんどん変わっていくまひろと隆家の眼の会話も最高の見せ場💛】

1020年1月 まひろ、隆家と帰京、輿に乗って。
いいなぁ💛と、馬上麗しきお姿が綺麗で調べてしまった「紅梅」か「羊躑躅(もちつつじ)」の春の重ねの隆家の衣装…季節感あふれる色目使いが少ないと思っていた…魅せてくれました💛】

 乙丸が「お帰り」を告げ、きぬ、乳母のいと、父・為時、娘・賢子、が次々現れ温かく迎える。安堵した目をうるませるまひろ。
【家の門を入って進み、最後にまひろの顔~カメラワーク】
 まひろは為時に怖い思いを、と尋ねられても答えず、双寿丸が今度は肥前に行くと言っていた、と賢子に伝える。
 賢子「光る女君となって生きようかしら」為時といとが何を…と狼狽する、暖かい家庭風景の中で、まひろはそれに溶け込めきれない。
 乙丸はきぬにお土産の紅を渡す。ご苦労様。
【目の前で人が死ぬ、好ましく思った人が自分をかばって…誰にも話せない~生涯】


 母の物語に感銘を受けた、と話す賢子。
 人とは何だろう❓幸せとは幻では❓
 それなら、自分の思うままに自由に生きたいと、言う賢子。
 まひろは、良いではないの~好きにおやりなさいと答える。
【光る君を書き終えて、虚無もあり、鎖が解かれた感じもあるのかしら…】

土御門殿、彰子の居所へ 挨拶に出向くまひろ
 彰子に旅について訊かれても、語れない。
 物語にしてみては、と言われても、もうそんな力は残っていない…と。
 賢子は優れた女房だが、相談役として女房として出仕してほしい、と彰子に請われるが、考えさせてくれ。
【辛すぎる心の傷、でもあの人は書くことを勧めてくれたよね…】

退出しようとして、道長と出会うまひろ。
 言葉もなく見つめ合ううちに、倫子が呼んでいると女房が知らせに来る。

倫子とまひろ
 幼い頃からの昔話、偏継、五節の舞、懐かしい乙女時代を共有する二人。
 倫子は話の流れのように、突然、まひろと道長の関係を問う。
【最終回はここから始まるのね⁉】

  


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