熱湯風呂(病院時代)
学会で登別温泉に宿泊した時の事である。
いそいそと旅館の大浴場に出かけて行ったところ、旅行シーズンにはまだ少し早かったせいか、大浴場は私と同僚の二人だけ。
私は子供のように大小いくつかある風呂に片っ端から入っていった。
そして最後に目についたのが、一辺の長さが1メートルあまりの正方形の小さな風呂。
風呂場の床から掘り下げられて、その深さも1メートルぐらいはあるという、かつて畑で見かけた肥だめを連想させるちょっと風変わりな風呂が二つ並んでいた。
私はその一人用と思われる風呂のひとつに足を入れて驚いた、と言うか飛び上がった。
熱湯に近い温度、こんなのにゆっくりと入っていたら、冗談ではなく火傷しかねないくらいの熱さなのである。極寒の地ではこんな熱湯のような風呂を好む人がいるのであろうか。
とりあえず全部の風呂を征服したかった私は、自分達の他に誰もいないのをこれ幸いと、その熱湯風呂のひとつにじゃぶじゃぶと水を入れ、何とか入れるような温度に下げた後にゆっくりと肩まで浸かっていた。
そのうち、私達の他に一人の中年の方が入ってきた。
しばらくしてこの方は、私の入っているちょっと奇妙な風呂が気になったのか、こちらに近づいて来て、空いていたもうひとつの熱湯風呂に平然と入ったのである。
私は内心、舌を巻いた。
こんな常軌を逸したような高温の風呂に入れる人がいるとは、実際にこの目で見るまでは信じられなかったからである。
この風呂に平然と肩まで浸かっていられるなんて、この方はきっと地元の、しかも思い切り皮膚の厚みがある方なのであろう。
同じような熱湯風呂を好む方が続いて入ってきたら、こちら側の熱湯風呂に勝手に水を入れて並の風呂にしてしまったことについて苦情を言われるかもしれないなどと思っていると、ふとその方と目があった。
大浴場には三人だけ。なんとなく話しかけないといけない雰囲気になったので、愛想笑いをしながら
「どちらからお見えですか?」
「札幌からです」
やはりそうなのである。地元北海道の人はこのような熱湯に浸かるのだ。
特に話す内容もないので、なんとなく
「その風呂、熱くないですか?」
その方、私のその言葉を聞くや否や、その風呂からものすごい勢いで飛び出し
「熱ーっ!! あ、熱いです!熱い!」
見るとその方の肩から下はまさに茹で蛸、真っ赤である。
聞けば、私が同じような熱湯に気持ちよく浸かっているのだと勘違いされ、ずっと我慢していたようである。
何もそんなことで張り合わなくてもいいのに・・男とは悲しい生き物なのである。
