在宅医療の妖怪
実は1度、倒れたことがある。
うたた寝から目が覚めてトイレに立ったところ、急に胸が苦しくなって立っていられなくなり、あわてて近くの布団に行こうとしたが間に合わず、派手な音とともに廊下に倒れてしまった。
「何があったの~!」と妻はすっ飛んできたが、幸いにもすぐに気分は良くなり「足をすべらせちゃった」とその場を誤魔化した。
短時間のこととはいえ、決して短くはない人生の中で一度も経験したことのないような苦しさに、落ち着いた後に思ったことは「死ぬ時って、こんな感じなのかも」
この歳になると、身体に関するあらゆることと死ぬことが全くの無関係とは思えなくなってくるのである。
最近担当する末期の患者は、自分とさほど年齢が離れていない方や自分より年下の人も決して少なくない。
話を聞いてみると「半年前にちょっと調子が悪くなって病院にいったらステージⅣの癌だと言われた」みたいな話がゴロゴロ出てくる。
そしてその半年後に地域の死神こと私の担当になるのである。
1年後に自分がまだ一応健康で、同じように今の仕事を続けられているかなんて何の保証もない。
昨夜も来年研究会の打ち合わせを行ったが、来年のその席に私がいられるとは限らないのである。来年の研究会の冒頭での「みなさん、やぶ先生に黙祷を捧げましょう」なんて状況がリアルに浮かんできたりする。
若い時と違って死は生々しさを持った現実のものなのである。
私を担当している本物の死神は、宅配便くらい当たり前に私の命のインターホンを鳴らすことになるのであろう。
そして今の現状を振り返ってみて、突然危機感が迫ってくる。
もし私が倒れでもしたら、私が今担当している 160名以上の在宅や施設の患者はどうなるのであろう。
荒稼ぎするために地域の在宅患者を片っ端からかき集めたのではなく、近隣に在宅医療を行う医師がいないからこんなことになってしまっただけなのであるが、厚生労働省は 100名以上担当することは許さない方針になった?と事務員が大騒ぎをしていた。
いいんだな、私が手を離しても。
目下、近くで開業した若い医師達を在宅医療の沼に引きずり込もうとあの手この手で策を弄しているが、先方も警戒しているのか、なかなか安易に私に近づいてはこない。
ううむ、かくなる上は若い訪問看護師や事務員を使って誘惑させるか。
そんな私の動きを察した訪問看護師。
「先生、まさか辞めようとしてるんじゃないでしょうね。私が還暦を迎えるまでは辞めさせませんよ」
君、まだ 40そこそこじゃないか。
私はいつまでこんな生活を続けないといけないんだ?
猫は長生きすると妖怪になるという話を聞いたことがあるが、そのうちあだ名が死神じゃなくて妖怪になるかもしれない・・などと飲み友と話をしていたら、その飲み友、私の頭部をチラッと見て
「妖怪というより・・河童?」
何だと、てめ~!
