#17【建築探訪】街に染み込む市場を求めて アールデコ建築・新富町文化市場(台北)
萬華にひっそりと佇むアールデコ建築の市場
台北・萬華といえば、龍山寺や剝皮寮歴史街区が観光スポットとして人気ですが、「新富町文化市場」は、そのすぐそばに静かに佇んでいます。建築・デザイン好きとしては、見逃せない場所のひとつです。
この施設は2019年、日本のグッドデザイン賞の金賞を受賞しています。
新富町文化市場の歴史と建築背景
新富町文化市場は、日本統治時代の1935年に「新富町食料品小売市場」として建てられました。耐震・耐火性能に優れた鉄筋コンクリート(RC)造で、当時の公設市場としては衛生面に最大限配慮された先進的な建築です。
戦時中の一時的な閉鎖を経て再開され、長らく地域の食生活を支える存在でしたが、時代の流れとともに次第に衰退。2006年に台北市の指定古跡となり、修復を経て2017年に「新富町文化市場 U-mkt」として再生されました。
新富町文化市場のすぐ隣には、今も現役でお店が連なる東三水街市場(新富市場)があります。
衛生的な市場の模範的建築
新富町文化市場の大きな特徴は、U字型(馬蹄型)の平面で、中庭を囲む構成になっている点です。換気や採光に非常に優れていて、当時の衛生規則に基づく模範的な市場建築とされていました。
最近では、この中庭が台湾人のあいだでインスタ映えスポットとして人気ですね。(私が訪れた日は大雨で、閉鎖されていました。すごく残念。)

また、修復の際には、通路と元店舗の間に壁を設け、通路側を展示スペース、店舗側をイベントや会議に使える空間として再構成。建築当初の構成を尊重しながらも、現代の用途に合うよう工夫されています。

外観には当時流行していたアールデコ様式が色濃く残り、モダンな印象を与えます。


敷地内には日本家屋をリノベしたカフェも
敷地内には、もともと管理人室だった日本家屋をリノベーションした「tokyobike Cafe」もあります。
このカフェでは、日本統治時代の雰囲気をほのかに感じることができ、休憩にもぴったりのスポットです。


隣接する東三水街市場の存在
私が少し不思議に感じたのは、すぐ隣に「東三水街市場」という、別名の市場が存在していることです。
調べてみると、このあたりにはもともと露店が立ち並んでいた時代があり、それが地域に根ざす形で発展し、やがて公設市場である「新富町食料品小売市場」が誕生したようです(こちらの市場の歴史はなかなか複雑なようです)。
東三水街市場はU字型のような明確な「囲い」がなく、通路状の「開かれた」構成が特徴です。まるで日本のアーケード型商店街のように、街に溶け込んで存在しており、人の流れが自然に市場を通り抜けていきます。

ここでは、買い物客と店主のやりとりがそのまま街の風景になっていて、日常生活の中に市場が組み込まれていることがよくわかります。
構造を比較すると、新富町文化市場が「囲われた場」であるのに対し、東三水街市場は「開かれた場」のように感じます。
「開かれた場」と「囲われた場」
「新富町食料品小売市場」は、U字型の構成によって換気や採光に優れ、当時としては衛生的で先進的な模範的市場建築とされていました。
しかし、構造的にはやはり「囲われた場」であり、街とのつながりは限定的だったのかもしれません。
下町らしい景色の中に、突如現れた近代建築。当時はそんな印象だったのではないでしょうか。
一方、東三水街市場は、街とともに自然に広がってきた場所。建物という枠組みにとらわれず、人々の暮らしの中から、自然と市場がかたちづくられていったように思えます。
この市場の成り立ちを辿ってみると、東三水街市場が今も賑わっているのが理解できます。
まとめ:市場に行く本当の目的
今回新富町文化市場の建築を通して感じたのは、「市場」とは、単なる買い物をする場所ではなく、「人と人が顔を合わせて言葉を交わす場所」なのだということ。清潔で便利なスーパーがあっても、住民が東三水街市場のような場所に足を運びたくなるのは、人の温もりや会話がそこにあるからかもしれません。
現在の新富町文化市場は、リノベーションによって文化複合施設として生まれ変わり、新たな人の流れを呼び込んでいます。素敵な中庭や展示、イベントといった仕組みを通して、今度こそ「街に染み込む市場」として機能しているのかもしれません。
今後の展開が楽しみな場所が、またひとつ増えました。
今回も最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
少し長くなりましたが、どこかに響くところがあればうれしいです。
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