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【体験記】『山新文学賞』私はこう書いて入賞した①

はじめに

◯山新文学賞とは

「山新文学賞」は、山形新聞社が主催する“毎月公募”型の短編文学賞で、400字詰め原稿用紙20枚というコンパクトな分量を基本とし、毎月20日必着で原稿を募り、翌月第3日曜日の紙面で入賞作(入選または準入選のうち1席)もしくは佳作を発表・全文掲載するのが大きな特徴です。

ジャンルやテーマは自由で、入選作には記念楯と副賞5万円、準入選・佳作には各3万円が授与され、作者のプロフィールと審査委員による選評も一緒に掲載されます。地方都市のマイナーな文芸コンテストかも知れませんが、毎月、広範な地域から投稿作品が集まっています。

選考体制は、新聞社が委嘱する大学教員・評論家・作家の3〜4名体制(氏名は紙面ごとに明記)。選考プロセスは、月次応募作10〜15編を一次選考→上位数編を再読して1席・準入選・佳作を決定。選考経過・選評は紙面に併載されるため、“簡易創作講座”として機能し、落選者にも学びは多いです。

〈入賞作以外に応募があった7作品の選評を掲載〉

知名度は低くても、この賞を受賞することは、作品が一定の評価を得たことを意味します。作品の全文を掲載することで、投稿者の書く力を新聞社が証明してくれるのです。地方紙ながら購読部数22万部規模ですので、“自作が新聞に載った”という実感は大きいと思います。

◯私自身の入賞履歴とその後について

山形新聞社主催「山新文学賞」に五代 陸の筆名で応募

◯1998年2月
「驕れるには非ず」準入選
作品テーマ:公共事業に係る贈収賄の顛末

◯同年 4月
「高線量エリア」準入選
作品テーマ:原発施設での下請け労働の不条理

◯同年 6月「遺伝子の扉」準入選
作品テーマ:遺伝子治療は宿命を変え得るのか

◆入賞時に「短編には珍しい社会派作品」との選評を選考委員より頂戴しました。

〈作者のプロフィールを囲み記事で掲載〉

◯同年 12月 【山新文学賞・小説の部「天賞」】受賞→年間3連続の入賞が評価されて。

◯2000年 月刊文芸誌「文芸東北」同人となり、同誌に短編小説の発表を続ける。
◯2002年〜2007年 「文芸東北」誌が主催する【東北北海道文学賞】の選考員として応募作品の下読みを担当。1次及び2次選考に従事する貴重な経験を積ませて頂きました。
(なお、月刊誌「文芸東北」は第51巻12号 (2009.12)をもって休刊。同誌の文学賞も廃止となっております。)

◯2003年 某機関誌(全国紙)日曜版の書評コーナーに、邦訳の海外ミステリー3作品の書評を(原稿料を頂戴して)掲載していただきました。

※上記の執筆活動は会社勤め(建設コンサルタントの営業職)をしながら続けました。当時は、プロの作家を目指すとか副業という意識はなく、自分が生きる【もう一つの世界】を充実させたい、という思いだけでした。

SNSが日常ツールとなった今、受賞の報告をfarcebookや自身のWebサイトなどで積極的に発信するのもいいでしょう。いずれにせよ、受賞歴が加わることで、「書き手」としてのセルフブランディングは格段に向上するはずです。

本稿は、妻と二人の子供の四人暮らしのサラリーマンが実践した「山新文学賞」獲得メソッドの公開を試みたものです。
今後、【メソッド編】および【実作編】を数回に分けて、順次、掲載していく予定です。

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