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【体験記】『山新文学賞』私はこう書いて入賞した④

【実作編】入賞作「遺伝子の扉」


〈あらすじ〉
重い免疫不全に苦しむ幼い少年・椎名洋介。その命を救うため、医師・松永優三は、患者自身の細胞に正常な遺伝子を組み込み、体内へ戻すという先駆的な遺伝子治療に挑みます。治療は無事に終わり、少年と家族の前に、ようやく希望の光が差し込みます。しかしその裏で、父親が不治の難病の因子を持っていることも判明していたのです。ひとつの命が救われようとすると同時に、別の運命の影もまた浮かび上がってくる。遺伝子治療という最先端医療を題材に、「希望と限界」「救済と宣告」という、隣り合う二つのテーマに挑んだ短編です。

『遺伝子の扉』の選考経過を解説する新聞記事の一部

【メソッド編】

1.宿命に触れる科学

この作品で書きたかったのは、治療の成功そのものではありません。むしろ、科学がそれまで見えなかったものを見えるようにしてしまう、その瞬間の冷たさ、でした。
作中で椎名夫妻は、遺伝子治療に希望を託しながら、「死すべき運命を変えることができるなら……」と願います。けれど物語は、その希望のままには前進せず、山本教授が父親の検体から別の異常を見つけます。その瞬間に、科学は救済の道具であると同時に、別の宿命を照らし出す光にもなってしまいます。さらに本作では、ハンチントン病の因子を知ることが「『死の宣告』」に等しいとまで書きました。私はそこに、二十世紀末の(この短編を書いていた当時の)生命科学がもたらした、新しい種類の宿命論を見ていたのだと思います。
この作品の主題をあとから言葉にするなら、「遺伝子治療は宿命を変え得るのか」という問いになるのでしょう。実際、入賞時の記録でも、作品テーマはそのように整理されていました。けれど書いている最中の実感としては、もっと手ざわりのあるものでした。人は、知ってしまった未来とどう向き合うのか。その問いのほうが、自分には切実だったような気がします。

【執筆メソッド1:問いから物語を立ち上げる】
題材を考えるときは、出来事から入るより、まず問いから入ったほうが、小説の重心は定まりやすいものです。
「遺伝子治療を書く」と置くと、説明へ流れやすい。けれど、「人は知ってしまった宿命とどう向き合うのか」と置くことで、人物の迷いも、場面の緊張も、自然に生まれてきました。テーマは名詞ひとつで置くより、対立する二つの力で掴んだほうが強いです。運命と意志。発見と恐れ。希望と宣告。そうした軸が先に見えていれば、物語は途中でぶれにくくなるはずです。


2.生命への介入と倫理

遺伝子治療には、通常の医療行為とは少し違う気配があります。
薬を処方するのでもなく、手術で患部を切除するのでもなく、生命の設計図に手を伸ばそうとする。そんな感じでしょうか。
本作でも、治療開始の直前に松永は、ICUに戻り、「では始めます……」と小さく言います。その前段では、危険性の説明も、同意の重さも、すでに通り過ぎている。けれど本当に重いのは、むしろこの静かな一言のほうだったのかもしれません。Y型ジョイントに注射器を装着し、点滴の流れを確かめ、少年の腕に向かう経路を見つめる。その細部に、生命への介入の具体が宿るからです。倫理は、抽象語として語られるより、人の振る舞いの中に現れると思うのです。
また、山本が松永に向かって、「どんな人生にも意味がある」と言い聞かせる場面も置きました。これは慰めであると同時に、科学の先へ行き過ぎないための踏みとどまりでもあったように思います。技術は進んでも、人が人を支える言葉まで技術化できるわけではない。そこに、科学では埋めきれない倫理の領域が残るのでしょう。

【執筆メソッド2:大きな理念を小さな所作で伝える】
思想的な主題ほど、そのまま論じるのではなく、人物の会話や動作に置き換えたほうが、小説としては立ち上がりやすいと実感してます。
倫理を書く、と決めると、つい説明したくなります。けれど説明が始まると、物語は少しずつ評論に近づいていきます。そうではなく、誰が沈黙したか、誰の手が一瞬止まったか、誰がどの言葉を選びきれなかったかを描く。そのほうが、人間の体温が残ります。大きな思想は、小さな所作に落としたとき、はじめて読者の中に入っていく、と思うのです。


3.希望と限界の同居

この作品では、ひとつの命が救われようとする場面のすぐ隣に、救えない現実を置きました。
そこを切り離さなかったことが、この短編の骨格になったように思います。
洋介の治療は、いま可能な医学の最前線として描かれます。松永もまた、その一回分の細胞を戻す行為に賭けている。けれどその同じ時間の中で、別の未来が口を開けています。
本作では、ハンチントン病について、発症後は長く症状が続き、医療の現場にできることは「一時的に体の動きを静めたり」する程度だと書きました。そして、その事実を知ること自体が「五〇パーセントの確率で『死の宣告』」と同じ重さを持つとも置いています。希望は、限界を超えた先にあるのではなく、限界を見たうえで、なお手放しきれないものとして存在させたかったからです。
この作品は単純な成功譚にはしたくありませんでした。科学の光を書けば書くほど、その裏に落ちる影もまた書かなければならない。そうでなければ、希望が軽くなってしまう気がしたのです。

【執筆メソッド3:希望を限界で縁取る】
感動を深くしたいなら、成功だけを書かず、そのすぐ隣に、越えられない限界を置く。私はこのことを、名作と言われる文学作品の中から”パターン”として学びました。
これはかなり効く方法だと思います。本作でも、救命の直後に、別の宣告を置く。願いが叶う瞬間に、失われるものを置く。前進の場面のすぐ脇に、取り返せないものを残す。私たち読者の心は、明るさそのものより、明るさと暗さの落差に動かされることが多い、と思うのです。少し逆説的ですが、希望は単独では弱く、限界に縁取られてはじめて輪郭を持つのではないでしょうか。


4.ゲノム時代の人間と、なお残る希望

この作品を書くきっかけとなったルポルタージュの背景には、遺伝子研究が急速に進み、社会が「知りすぎる時代」へ入りつつあった空気がありました。私はその空気を、時代解説としてではなく、一人の医師と一つの家族の場面へ縮めて書こうとしました。
本文の中に、「『ヒト・ゲノム・プロジェクト』は次々と病因遺伝子を確定」していく一方で、「治癒方法がないという深刻なジレンマ」に人間社会はどう向き合うのか、という一節を書きました。
この一文には、当時の時代感覚がほぼそのまま入っていたように思います。知る力は増していく。だが、支える制度や倫理は追いついていない。そのねじれた現実。発症前診断のガイドラインも、精神的カウンセリングの体制も整っていない、と作中に書いたのは、科学の前進がそのまま人間の救済にはならない、という感覚を残したかったからでした。
それでも最後に絞り出したかったのは、絶望ではありません。山本が松永に促したような、「いま可能なことに集中しよう」という姿勢です。完全な解決ではない。けれど、限界を知った上でなお一歩を進める。そのかすかな意志でした。

【執筆メソッド4:時代を一人の運命に縮める】
社会的な主題を書くときは、大きな時代そのものを説明するより、一人の人物と一つの場面に縮める手法が、短編小説には欠かせません。前作『高線量エリア』も、これと同じ構造で作り込みました。
ここで言う「時代そのもの」というのは、遺伝子研究が進んだ時代背景を説明することではありません。父親が遺伝子治療に希望を抱く一方で、医師たちも、ただ治療技術を扱うのではなく、救おうとしながら、その限界も引き受けなければならない。希望と不安のあいだで揺れる人物の中に”遺伝子治療の時代”が現れてくれれば、と私は考えていました。


こうして全体を見返すと、『遺伝子の扉』は、遺伝子治療の技術的前進を書いた作品というより、科学が宿命に触れてしまった時代に、人間は何を知り、何を引き受け、なお何を希望と呼ぶのかを問う短編だったのだと思います。
そして、その問いの立て方そのものが、三作連続入賞の一作として紙面に載るだけの社会性を持っていたのでしょう。実際、入賞時の整理でも、この作品は「遺伝子治療は宿命を変え得るのか」という主題で位置づけられ、三作はいずれも「短編には珍しい社会派作品」と評していただきました。


作品が全面掲載される紙面の端っこ挿入されるプロフィール文

〈了〉


【体験記⑤】では、書き進めるうちに自分の中で少しずつ見えてきた執筆メソッドの全体像を、総括編としてお届けできればと思います。


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