見出し画像

【体験記】『山新文学賞』私はこう書いて入賞した③

【実作編】入賞作「高線量エリア」


〈あらすじ〉
日本海沿岸にある磯崎原子力発電所は、冬の季節風が吹きつける中、定期検査の時期を迎えていました。東邦電工の社員・深町孝志は現場事務所で、数日前まで高熱で倒れていたはずの技術主任・伊沢浩平の出勤に驚きます。上司の要請を断りきれず、伊沢は病を押して出勤してきたのでした。命じられたのは、原子炉圧力容器の真下――「ペデスタル」と呼ばれる高線量区域で、中性子計測装置を取り外す作業です。全面マスクと防護服に身を固めても、作業が進むほど累積被曝は増えていきます。やがてアラームメーターの警告音が、密閉された呼吸音に重なります。緊張が極限まで高まる中、作業員たちはぎりぎりの精神状態で手を止めません。深町はそこで、下請け労働者が背負わされる過酷さと、原子力産業を支える歪な労働構造を、あらためて突きつけられることになります。

『高線量エリア』の選考経過を解説する新聞記事の一部

この短編を書いたのは、東日本大震災以前のことでした。当時、原子力をめぐる議論は、今ほど社会の前面には出てはいませんでした。発電所は巨大でありながら、どこか静かに――半ば風景の一部のように――存在していたように思います。私の郷里は、原子力発電所が建つ海岸線沿いの港湾都市で、幼馴染の中には、原発の定期検査の仕事に関わる者もいました。そうした身近さもあって、ルポルタージュで知った現場の断片を追ううちに、そこで働く人間の「時間」を小説の中に置いてみたいと思うようになりました。


【メソッド編】

1. 身体の感覚から原発労働を書く

最初に掴みたかったのは、放射線の中で働く身体の感覚でした。放射線は目に見えません。しかし現場では、防護服の重さや全面マスクの息苦しさ、線量計の数字として、それがつねに立ち上がってきます。

危険は、事故として突然姿を現すだけではありません。むしろ日々の作業の中に、静かに居座っています。線量を計算しながら手を動かす時間。息苦しさや頭痛といった身体の反応。どれほど巨大な技術装置の現場でも、最後に内部へ入っていくのは人間の身体です。

その感覚を書ききることができれば、現場の空気は自然に立ち上がるのではないか――そう考えました。

【メソッド1:情報を身体感覚に翻訳する】

ドキュメンタリーやルポには、被曝量や工程など客観情報が多くあります。しかし小説では、それを説明として並べるより、身体の感覚へ置き換えたほうが届くのではないかと考えました。

線量の数値を直接語るのではなく、息苦しさや焦燥として表します。情報を身体経験に置き換えることで、読み手に想像してもらえるのではないか、と考えました。


2. 技術装置の「内側」から物語を見る

本作で意識したのは、発電所を外から眺める視点ではなく、装置の内側から見る視点です。原子炉建屋の通路、格納容器、そしてペデスタル。中心に近づくほど、人間の存在は相対的に小さくなっていきます。

しかし実際の作業は、ドライバーでネジを外すような手仕事の連続です。巨大な技術と人間の手。その距離は思うほど遠くありません。むしろ人間のほうが、装置の内部に入り込みすぎている――そんな感覚を抱きながら書いていました。

【メソッド2:技術情報を空間構造に変える】

設備構造や作業手順をそのまま説明すると、物語は技術解説になってしまいます。そこで情報を「空間の移動」に変換しました。

入口、通路、格納容器、ペデスタル。読者が奥へ進む構造に整理することで、巨大な技術システムの内部を体験的に理解してもらえるのでは? と考えました。


3. 雇用の実態を説明せず「配置」で描く

原発関連のルポで強く印象に残ったのは、労働の構造でした。元請け、下請け、さらにその下の人夫出し。危険な作業ほど下層に集まっていきます。これは原子力産業に限らないのかもしれませんが、この現場ではとりわけ鮮明に見えました。

ただし作中で制度を直接説明するつもりはありませんでした。制度は、現場の配置から静かに滲み出るものだと感じたからです。誰かが声高に命じているわけではありません。それでも危険な場所には、特定の人間が配置されていきます。その静かな圧力を書きたいと思いました。

【メソッド3:制度を人物配置で描く】

分析を書く代わりに、人物の配置で構造を示しました。元請けの社員、下請けの技術者、日雇い労働者。この三層を同じ現場に置くことで、会話や状況から構造が浮かび上がるように組み立てたつもりです。


4. 大きな問題を小さな時間に凝縮する

本作には、大きな事件はありません。描いているのは、定期検査の「一日」の作業だけです。けれどその短い時間の中に、産業の現実を凝縮させることは出来る、と感じていました。

長く働く技術者には熟練があります。しかし同時に、身体には確実に何かが蓄積していきます。熟練と消耗は、同じ時間の中で進んでいくのかもしれません。

国家の政策やエネルギー供給の歴史は記録に残ります。しかし設備を維持する労働の時間は、ほとんど語られません。私が書きたかったのは、その無名の時間だったのだと思います。

原子炉建屋の外に出て、冷たい風を吸い込む一瞬。その短い呼吸の中に、過酷な現場で働く人間の時間を凝縮させられたら……、と書きすすめました。

【メソッド4:社会問題を一日の時間に圧縮する】

本作では、長い歴史や大きな構造の全体を描こうとはしませんでした。追い
大きな出来事を並べなくても、ひとつの現場の一日を丁寧に追えば、その背後にあるものは少しずつ見えてくるのではないか。そんなふうに思っていた気がします。


【追記】
私にとって原子力発電所は、最初から抽象的な社会問題ではありませんでした。海沿いの町の風景の中にあり、冬の空や港の匂いとどこかでつながっている存在だったのです。幼馴染の姿や、そこで働く人の話の断片も、たぶん私の中では切り離せないまま残っていたのでしょう。
だからこの短編も、何かを強く告げるために書いたというより、その風景の奥に流れていた、もう一つの時間を書き留めたかったのだと思います。海岸線に吹く風は、時に人の声を消してしまうほど強いものです。その風の中に立つ発電所の姿を思い出すたび、当時書こうとしていたものが、まだ少しだけ、私の中で続いているような気もします。                              


作品が全面掲載される紙面の端っこに挿入されるプロフィール文

〈了〉


三作目は、『遺伝子の扉』です。遺伝子治療のドキュメンタリーや関連する資料を読み解きながら書き上げたメソッドを紹介させていただきます。


いいなと思ったら応援しよう!