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【体験記】『山新文学賞』私はこう書いて入賞した(完)

【メソッド総括編】

§1:山新文学賞が選ぶ作品

私は、特別な環境の中で書いていたわけではありません。時間があり余っていたわけでもありません。営業職の仕事があり、子供二人の家庭があって、出張も多い職場でした。それでも結果を出せたのは、小説の書き方の技術そのものよりも、山新文学賞がどういうコンテストなのかーーその理解から始めたことが大きかったと思います。

毎月公募は既視感が蓄積する
毎月公募で、四百字詰原稿用紙二十枚。結果は翌月の紙面に出て、入賞作は全文掲載されます。こうした条件を並べてみると、それだけで、この賞が求めているものの輪郭が、少し見えてくるように思えました。
毎月公募というのは、応募する側にとっては機会が多い反面、選ぶ側にとっては既視感が蓄積しやすい仕組みでもあります。似た題材、似た展開、似た終わり方。そういうものが重なっていく中では、平均的によくできた作品は、かえって埋もれてしまうことがあるのでしょう。
奇抜である必要はありません。ただ、どこかに、半歩だけ角度の違う視線があること。読み始めてまもなく、「あれ、少し違う」と感じさせること。その差が案外大きいのだと思います。

掲載される”新聞”という媒体
もう一つ、見落とせなかったのが、新聞紙面に載る賞だということでした。これは、純文学の専門誌やジャンル別創作サイトに載るのとは違います。読者は文学好きだけではなく、もっと幅広い層の読者がいます。そうである以上、作品には、個人の内面だけで閉じない、ある種の公共性が求められるのでは? とも考えました。
もちろん、社会問題を正面から書けばよい、ということではありません。そうではなく、一人の人間の行動・迷いの奥に、社会の仕組みや時代の力が流れていること。その気配が感じられるかどうか、という意味です。個人の葛藤が、どこかで社会と触れている。その接点が見えたとき、物語は単なる私事ではなくなると思うからです。

「うまい作品」より「記憶に残る作品」
山新文学賞は「うまい作品」を選ぶ場というより、「比較したときに記憶に残る作品」を選ぶ場である、という理解から私はスタートしました。
そう考えるようになって、私はようやく、どういう賞に挑もうとしているのかを少し理解できた気がしました。このことは、思っていた以上に大きかったのです。


§2:自分のこだわりを捨てる

書く前に、こだわりを捨てる
書き手はつい、自分だけの特別なテーマを探そうとします。まだ誰も書いていない題材、自分にしか語れない主題。けれども、文学が扱ってきた人間そのものは、昔からそれほど大きく変わってはいません。孤独も、喪失も、葛藤も、ずっと前から書き継がれてきたものです。
私はいったん自分の「こだわり」を捨てました。こだわりは、創作の原動力になりますが、同時に、最大の足枷にもなるからです。題材を選んだら、まず一行目を書く。続いて二行目を書く。そうして、文章を書き綴る中で浮かび上がるものこそが、作品独自のテーマである、というのが、私の体験上の実感です。

視座の置き方を選ぶ
では、違いはどこで生まれるのか。
それは、題材の新しさよりも、それをどこから見るかという『視座』ではないでしょうか。たとえば不正を書くとしても、外側から告発するのか、内部で迷っている人間の側から見るのかで、物語の手ざわりはかなり変わってきます。

空気が変わる瞬間をつかむ
『驕れるには非ず』で最初に思い浮かべていたシーンは「三億三千七百五十万円」という金額が口にされた瞬間の、会場の空気の変わり方でした。人間が数字に押し戻される瞬間。そこに、地方自治法の力が一気に立ち上がってくる。そういう場面が掴めたとき、制度を説明しなくても伝わるものがあるのだと、あとで気づいたのでした。

書きやすい場面ほど疑ってみる
こだわりは、ときに罠にもなります。自分では大事に思っている場面が、実は既視感の繰り返しにすぎないこともあります。書きやすい場面ほど危うい。だから一度、自分の好みを疑ってみる必要があるのでしょう。
なぜそこに惹かれるのか。それは本当に、自分の身体に残っているものなのか。それとも、どこかで読んだ印象の再生なのか。その問い直しがないと、文章はどうしても借り物のまま置かれてしまいます。

専門性は描写で機能させる
その意味で、長く身を置いた仕事の世界は、大きな手がかりになりました。予算、談合、入札、契約、手続き。そうしたものは、ただ専門用語として出しても意味がありません。けれども、人がそれにどう左右されるのか、それをシーン(場面)として描写できたとき、専門性が物語の中で効いてきます。
ルポルタージュや関連資料を読み込んで創作に没入した『高線量エリア』では、防護服の息苦しさや線量計の警告音がそうでした。『遺伝子の扉』では、科学の希望そのものよりも、知ってしまった宿命の冷たさのほうが先にありました。

残すべきものだけを選び直す
賞を獲るということは、自分のこだわりを守り抜くことではないのだと思います。むしろ、自分の中の余分な思い込みを外していき、プロットごとのメインの場面で、本当に効くものだけを残していく。その削る作業は迷いの連続でしたが、けれども、文章の立ち方を変えていく力は、確かにあったように思うのです。


§3.:事実は、そのままでは小説にならない

情報を説明で終わらせない
山新文学賞に連続入賞した三作品の題材はそれぞれ違っていましたが、書くときに選んでいた手法には通じるものがありました。それは、事実や情報をそのまま説明として置かない、ということです。
数字、制度、工程、研究史、労働、配置、薬品。そうしたものは、現実の厚みを支えるうえで欠かせません。けれども、それを説明のかたちで書いてしまっては、小説は動き出さないのです。
説明は理解につながります。ですが、理解することで人の心が動くわけではなく、そのあたりに、小説の難しさがあるのかもしれません。

情報を「シーン」へ換える
では、何が必要だったのか。
それは「シーン」です。説明ではなく、描写です。情報が人間に触れ、場面として立ち上がることです。金額が読み上げられ、空気が変わる。防護服の息苦しさの中で警告音が鳴る。治療開始の短い言葉が、救いであると同時に宣告にも聞こえてしまう。そうした場面の中で、事実は初めて(単なる知識ではなく)人間の生身に切実に迫ってくるものとして現れるのではないでしょうか。

情報は削られることで効いてくる
小説の中で、情報の語句が、叙述の語句として機能し始めるのは、それが人間の身体や判断や沈黙に触れたときです。制度の説明ではなく、金額を聞いた瞬間の息づかい。被曝管理の知識ではなく、防護服の内側の苦しさ。治療法の解説ではなく、知ってしまった未来の冷たさ。
少し逆説的ですが、情報は詳しく書いたときよりも、削られたときに文学へ近づくのではないか、ということです。情報量の多い作品ほど説明が要るのではなく、むしろ情報量が多いからこそ、描写に変換しなければ物語は動かない。
自分が読み込んだ情報の理解度に自信が持てれば、「知っているからこそ省ける」のです。その逆転が見えてきたとき、ドキュメンタリーと小説の間にある細い通路が、ようやく見え始めたという感じでした。


§4:シーンは想像だけでは立ち上がらない

事実の裏付け
真実味のある場面は、やはり事実の裏付けによって支えられています。存命の人物であれば本人や関係者の証言、物故者であれば資料や記録、制度や技術であれば、その運用や背景への理解。そうしたものがなければ、場面はすぐに薄くなってしまうでしょう。

調べたことは細部だけを残す
けれども、ここで大事なのは、調べたことを全部書くことではありません。むしろ逆です。前§で述べたことにも通じますが、詳しく調べたからこそ、どこを書かないかないで済むかが見えてくる。シーンの真実味は、情報量の多さではなく、必要な細部の選び方によって生まれるのではないでしょうか。
本格的に調べ始めてしばらくすると、つい全体を掴んだ気分になります。けれども現場の細部は、いつもこちらの理解を超えています。だから全体を語るより、自分がほんとうに掴めた一点に絞るほうが、プロットも組みやすく、ストーリーの破綻も招かないと思うのです。

最後に
沢木耕太郎に代表される日本のニュージャーナリズムが、「シーン」に生命力を見たのも同じことだったのかも知れません。事実は、それだけではまだ動かない。けれど、具体的な局面として描写されたとき、人の心を動かし始めます。
ニュージャーナリズム的なこの手法をとり入れると、山新文学賞の20枚という制限が、むしろ作品を創りやすくするのでは? と、私はいまのところ、そのように考えています。

〈了〉


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