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ビジネスウェアにも上質の日常がある part2

Fashion & Retail Column

ビジネスウェアにも上質の日常がある part2

──発信者たちの「MCの力」と、新しいインポーターの生態系

2026.05.10 Media & Communication Importer YouTube Fashion

思想と実践の、その先にあるもの

part1では、ビームスの中村達也氏が「社会に適合しつつトレンドを加味する」というスーツ哲学を打ち立て、京都gujiの田野浩志社長がそれを「平凡の非凡」として地方から全国に広げた物語を描いた。しかし、ここで一つの問いが残っている。中村氏の思想がどれほど優れていても、田野氏の商品セレクトがどれほど秀逸でも、それだけで京都の路面店が全国区になることはなかったのではないか。

良い商品は、良い商品であるだけでは遠くまで届かない。そこにはもう一つの推進力が必要だった。紹介する力──MC(Master of Ceremonies)の力を持つ人々の存在である。

雑誌からYouTubeへ──情報の主戦場が移る

かつてスーツの情報は、紙の雑誌が独占していた。MEN'S EX、LEON、OCEANS、UOMO、GQ。これらの男性ファッション誌が、ビジネスマンのスーツ選びに圧倒的な影響力を持っていた。百貨店の売り場で手に取るスーツの前に、まず雑誌の誌面でその世界に触れる。それが二〇一〇年代前半まで続いた、情報と消費の動線だった。

しかし二〇一五年以降、状況は大きく変わる。情報の主戦場が動画へと移ったのだ。ここで誕生したのがB.R.CHANNEL──「憧れられる大人を増やそう」をテーマに掲げたYouTubeファッション番組である。

B.R.CHANNELが革命的だったのは、単なる商品紹介番組ではなかったことだ。MCとゲストの掛け合いの中で、なぜこのスーツが良いのか、この生地がどう優れているのか、この着こなしがどう社会に適合するのかを「会話」として伝えた。紙の誌面では伝わりにくかった生地の質感、シルエットの動き、そして何より「着ている人の空気感」が、動画というメディアによって一気に可視化された。文字と写真の世界から、声と動きの世界へ。この転換は、スーツ文化の伝播において決定的な意味を持つことになる。

干場義雅氏の「翻訳力」

B.R.CHANNELの顔であり、この構造転換の中心にいるのが干場義雅氏だ。一九七三年東京生まれ。三代続くテーラーの家に生を受けた。ビームスでの販売経験を経て、二十歳から編集者のキャリアをスタートし、モノ・マガジン、エスクァイア日本版の編集を経て、LEONの創刊に参画。あの「ちょい不良ブーム」を仕掛けた張本人の一人である。その後OCEANSを創刊し副編集長兼クリエイティブディレクターを務めた後、三十七歳で独立。現在は講談社のウェブメディアFORZA STYLE編集長を務めながら、B.R.CHANNELでは講師としてスーツの着こなしを解説し続けている。

干場氏の本質的な強みは「翻訳力」にある。テーラーの血筋から受け継いだ服飾への深い理解、イタリアの紳士文化やテーラリングの世界の知見を、ビジネスパーソンに分かる言葉に変換して届ける力。編集者として鍛えた文章の切れ味と、テレビ出演で磨かれた話術の親しみやすさ。この二つが掛け合わされることで、スーツの世界にあった敷居の高さを、見事に溶かしていった。

良いものを見つけ出す「目利きの力」と、
それを響く言葉で伝える「翻訳の力」。
──MCの力とは、この二つの掛け算にほかならない。

干場氏が提唱する「エコラグ(Economic Luxury)」という概念がある。長く使える腕時計や靴には投資をし、白シャツやTシャツのような消耗品にはコストパフォーマンスを求める。つまり、メリハリのあるお金の使い方で上質なライフスタイルを実現するという哲学だ。これは言い換えれば、「上質の日常」を消費者の側から定義した概念であり、part1で論じた中村達也氏のスーツ哲学と、驚くほど近い場所にたどり着いている。作り手の側から「社会に適合する上質」を提案した中村氏と、メディア人の側から「経済的な贅沢」を提唱した干場氏。二人のベクトルが交差する地点に、「上質の日常としてのスーツ」という価値観が立ち現れている。

「くり坊」を全国区にしたMCの紹介力

gujiの田野浩志社長がB.R.CHANNELに出演するようになり、「くり坊」の愛称で全国区の認知を獲得したのは、偶然ではなかった。干場氏というMCの「紹介力」が、田野氏の「平凡の非凡」という商品哲学を、全国のスーツ好きに届けたのだ。

田野氏自身が語っている。店頭に立っていてもお客様から「B.R.CHANNEL見てます」と声をかけていただくことが増えた、と。ちょっと気恥ずかしそうに、それでいてまんざらでもなさそうに──そう綴る田野氏の文章からは、動画メディアの力が地方のセレクトショップにもたらしたインパクトの大きさが伝わってくる。

考えてみれば、リングヂャケットの別注スーツの良さは、店頭で袖を通して初めて分かるものだった。京都や大阪の店に足を運ばなければ、その着心地に触れることはできなかった。しかし動画の中で、干場氏が田野氏との掛け合いの中で「凄く気に入った」と語り、実際に購入する姿を見せたとき、画面の向こう側にいた全国のビジネスパーソンは、まだ袖を通していないスーツに対して「行ってみよう」「試してみよう」という動機を得た。MCの紹介力とは、まさにこの「行動の引き金」を引く力のことだ。

インポーターが「発信者」になった転換点──神藤光太郎の軌跡

もう一人、見逃せない「MCの力」を持つ人物がいる。神藤光太郎氏だ。

一九七四年大阪生まれ。学生時代からファッションに傾倒し、大学在学中からイタリアへ渡り、足掛け三年を現地で過ごした。語学力を武器にイタリアのファッション業界の要人たちとの人脈を築き、帰国後にイタリアブランドのエージェントとして起業。その実績を買われ、ストラスブルゴを運営するリデア社に参画する。以来十八年にわたりメンズ部門を統括し、年間百二十日をヨーロッパで過ごす驚異的な現場主義で、ラルディーニ、バルバ、シビリアなど数々のイタリアブランドを日本市場に紹介・ブランディングした。二〇一八年にスピラーレを設立して独立。現在は十を超えるイタリアブランドのエージェントとして活動している。

ここに重要な転換がある。従来、インポーターは「裏方」だった。良い商品をイタリアやフランスで見つけ、日本に持ち込み、セレクトショップや百貨店に卸す。消費者の前には出ない。ブランドの名前は知られても、それを日本に届けた人物の顔は見えないのが常だった。しかし神藤氏は、独立後に自身のYouTubeチャンネル「CHANNEL KOTARO」を開設し、FORZA STYLEにも出演を始めた。インポーターが自らメディアに立ち、商品の価値を直接消費者に語り始めたのだ。

【コラム】対談から生まれた製品──ARCODIOのジャージーシャツ
神藤氏と干場氏の関係性を象徴するエピソードがある。二人の対談がきっかけとなって共同開発された、ARCODIOの一二〇番手双糸スムースジャージーシャツだ。干場氏がその仕上がりに驚き、神藤氏が着心地を絶賛する。発信者同士が掛け合いの中で価値を語り、それがそのまま消費者への訴求力になる。インポーターが「持ってくる人」から「商品の価値を語り、共に作る人」へと役割を進化させた、象徴的な事例だ。

神藤氏の審美眼によって日本市場で大きく成長したイタリアブランドは数知れない、と業界関係者は語る。しかし、かつてはその貢献が消費者に直接見える形で伝わることは稀だった。YouTubeという回路が開かれたことで、インポーターの「目利きの物語」そのものがコンテンツになり、消費者がブランドだけでなく「そのブランドを選んだ人の哲学」にまで触れられるようになった。これは、スーツを取り巻く情報環境の、静かだが本質的な変化だ。

新しいインポーターの生態系──豊田貿易とアマン

前回のコラムシリーズでは、サンモトヤマや三崎商事といった「ハレの服を日本に届ける使命」を担った旧世代のインポーターの退場を論じた。サンモトヤマの破産も三崎商事の民事再生も、単なる経営難ではなく、ハレの服を届けるという使命そのものが時代の重心の移動とともに役割を終えつつあったことの表れだった。

では、現在のスーツ周辺のインポーターはどのような生態系を形成しているのだろうか。

豊田貿易
── 1984年創業、ファクトリーブランドの目利き

ラルディーニやストーンアイランドなど、メンズに強いイタリアブランドを数多く手がけてきたインポーター。近年はイタリア・カプリ島発のフレグランスブランド「カルトゥージア」の日本総代理店となるなど、アパレルを軸にしながらライフスタイル領域にフィールドを拡張している。大きなメゾンではなく、確かなものづくりの工場ブランドを発掘し日本に届けるという目利きの系譜を、現在も継承する存在だ。

アマン(AMAN)
── URBAN・SOPHISTICATED・RELAX
ボリオリ、アルテアやフィナモレといったイタリアのファクトリーブランドを中心に輸入卸販売を行いながら、青山の骨董通り裏手に直営セレクトショップ「ASTILE house」を構える。ウッドを基調にグリーンを配した店内にはカフェカウンターが設けられ、リラックスした空間で上質な服に触れることができる。婦人靴ブランド「ペリーコ」の日本展開も手がけ、メンズ・レディースの双方で「日常の上質」を提案する。

旧世代のインポーターが「ハレの極み」を日本に届ける存在だったのに対し、豊田貿易やアマンといった現在のインポーターは「ケの上質化」を支えるインフラとなっている。

銀座の並木通りで手にするグッチのバッグが特別な買い物だった時代から、青山の路地裏でフィナモレのシャツに袖を通す日常へ。仕入れる商品の質は変わらず高い。しかし、その商品が消費者の生活の中で果たす役割が、根本的に変わっているのだ。

そしてこれらのインポーターが届けた商品を、干場氏や神藤氏といった「MCの力」を持つ発信者たちが消費者に紹介する。B.R.CHANNELやFORZA STYLE、CHANNEL KOTAROといった動画メディアが、gujiのような地方発セレクトショップと新世代インポーターを結ぶ橋になっている。作り手、届け手、伝え手、売り手

──この四者が有機的に連なって初めて、「上質の日常としてのビジネスウェア」という価値観が全国に届くようになった。

「MCの力」と「究極の幹事」──リーシングとの相似形

ここで、少しだけリーシングの視点に立ち戻りたい。干場氏や神藤氏のMCの力とは、突き詰めれば何なのか。それは「目利きと翻訳の掛け算」である。良いものを膨大な選択肢の中から見つけ出す目利き力と、それをターゲットに響く言葉に変換して伝える翻訳力。この二つが揃って初めて、情報は「行動の引き金」になる。

この構造は、商業施設のリーシングにおける優れた店舗開発担当者の能力と驚くほど似ている。以前のコラムで論じた「優秀な店舗開発担当者=究極の幹事」という比喩を思い出していただきたい。幹事が同席者の年齢層や役職、TPO、コストパフォーマンスを瞬時に計算して最適な飲食店を提案するように、MCたちは視聴者のライフスタイルや職業を想定しながら、最適なスーツの選び方を提案している。

目利きの力 × 翻訳の力 = 行動の引き金
── MCも幹事も、本質は同じ構造を持っている

情報が溢れかえる時代に、人が求めているのは「何を選ぶか」の答えだけではない。「なぜ選ぶか」の物語だ。ラルディーニのジャケットが良いという情報はウェブ上に無数にある。しかし「なぜこのラルディーニがあなたの日常にふさわしいのか」を、信頼できる言葉で語れる人は限られている。その限られた存在こそがMCであり、リーシングにおける目利き人材であり、究極の幹事なのだ。

「上質の日常」をつなぐ人々

中村達也の哲学。田野浩志の実践。干場義雅の翻訳力。神藤光太郎の発掘と発信。豊田貿易やアマンのインフラ。これらが一本の線でつながったとき、「ビジネスウェアにも上質の日常がある」という価値観は、東京のファッション感度の高い層だけでなく、京都のビジネスパーソン、名古屋の経営者、地方都市のスーツ好きにまで届くようになった。

前回のコラムシリーズで描いたカジュアルの「ケの上質化」とは別の径路を辿りながら、スーツの世界も同じ地点に到達しようとしている。ジュンがBIOTOPでコモリやオーラリーを提案し、伊藤忠がコンバースやデサントに注力するのと同じ構造変化が、スーツの世界ではビームスFのリングヂャケット製スーツとして、gujiの別注として、アマンが届けるフィナモレのシャツとして、静かに進行している。

着飾るためではなく、日常を一段上げるために。
カジュアルもスーツも、たどり着く先は同じだった。

かつてはハレの象徴だったスーツが、ビジネスの日常の中で「着る人の知性と品格を静かに引き上げる」存在へと変わりつつある。その変化を支えているのは、一人の天才的なデザイナーではない。思想を持つ作り手と、実践する売り手と、翻訳する発信者と、良質な素材を届けるインポーターの、有機的な連携だ。

スーツを着る機会が減った時代だからこそ、スーツを選ぶ行為は「義務」から「意思」へと変わった。その意思を支えるのが「上質の日常」という価値観であり、それを全国に届けたのがMCの力だった。part1とpart2を通じて描いてきたこの物語が、スーツに手を伸ばす誰かの背中を、ほんの少しだけ押すことができたなら幸いだ。

Text & Edit ── Column by Yoichiro Ishizawa
Published 2026.05.10

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