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会社の謎ルール考察 Vol.4

謎ルール考察 Vol.4[最終回]

やめるのは、仕事ではなく謎ルールだ

──謎ルールの正体と、新人が最初に感じる「不条理」の話

2026.06.18 組織文化 謎ルール 離職

三層の謎ルール、揃った

このシリーズを通じて、三つの謎ルールを取り上げてきた。空間に刻まれたもの、時間に刻まれたもの、そして言葉に刻まれたもの。それぞれ形は違うが、根っこにある構造は同じだった。かつて意味のあったルールが、意味を失ったまま継続している。問い直されることなく、誰かから誰かへと、静かに引き継がれていく。

謎ルール考察 シリーズ振り返り

Vol.1部長席には、まっすぐ近づいてはいけない──空間の謎ルール。九百ミリの通路があるのに、十メートル迂回する。

Vol.2上司より先に帰ってはいけない──時間の謎ルール。部下は上司を待ち、上司は部下を気にする。誰も帰れない。

Vol.3社内メールは必ず「お疲れ様です」から始める──言葉の謎ルール。意味を失った四文字が、思考に入り込む。

振り返ってみると、これらは単独では「些細なこと」に見える。迂回ルートくらい、慣れれば気にならない。残業も、みんなそうしている。「お疲れ様です」も、もはや無意識に打てる。そう、慣れた者にとっては——。

新人の目に映るもの

自分が四社を経験した観察者だからこそ、はっきり言えることがある。謎ルールは、経験者には「謎」として見える。だが新人の目には、「謎」ですら映らない。

「謎」とはつまり、「おかしいとわかっているのに理由がわからないもの」だ。だが入社したばかりの人間には、そもそも比較軸がない。部長席に直進してはいけないのが、そこの会社の「普通」だ。みんな残っているから、残るのが「普通」だ。「お疲れ様です」から書き始めるのが、メールの「普通」だ。疑問を持つ前に、それが世界のデフォルトとして刷り込まれる。

問題は、刷り込まれた後に起きる。ある日、ふとした瞬間に気づく。「これ、なんのためにやっているんだろう」と。そのとき初めて、謎ルールは「不条理」として姿を現す。

謎ルールは、慣れた者を縛らない。
気づいた者を、じわじわと消耗させる。

「なぜ」を聞けない空気

不条理に気づいた新人が次にぶつかるのが、「なぜ」を聞けない空気だ。部長席になぜ直進してはいけないのか、上司より先に帰ってはいけない理由はなんなのか——素直に問えば、たいていこう返ってくる。「そういうものだから」「昔からそうなっている」「みんなそうしているから」。

この返答には、悪意がない。先輩たちも本当に理由を知らないのだ。だからこそ、新人はより深く傷つく。不条理の理由を問うたのに、答えが返ってこない。それどころか、「なぜ」を聞いたこと自体が、場の空気を微妙に乱してしまう。問うことへの罰として、かすかな疎外感が生まれる。

やがて新人は学ぶ。「なぜ」と聞かないことが、この組織での正解だと。そしてその学習こそが、もっとも深い意味での謎ルールの継承なのかもしれない。

謎ルールが離職につながるメカニズム

第一段階:刷り込み 入社直後、謎ルールが「普通」として定着する。比較軸がないため、疑問すら生まれない。

第二段階:気づき 経験が積まれるにつれ、「これはおかしい」という感覚が芽生える。不条理の発見。

第三段階:消耗 「なぜ」を聞けない。変えられない。慣れるしかない。その適応コストが静かに蓄積する。

第四段階:離脱 消耗が閾値を超えたとき、人は「仕事をやめる」のではなく「謎ルールをやめる」ために、会社をやめる。

やめるのは、仕事ではなく謎ルールだ

離職の理由として、よく挙げられるものがある。給与、人間関係、キャリアの見通し——。それらは確かに本当の理由だ。だが、その根っこを掘り下げると、謎ルールの影が見えることがある。

仕事そのものは嫌いではない。同僚とも悪くない関係だ。給与もそれなりに満足している。それでも、なんとなく消耗している。なんとなく、ここにいることが苦しい——。そういう退職の動機の中に、謎ルールへの疲弊が静かに混じっていることは少なくないと思う。

毎朝の迂回、毎晩の居残り、毎日のお疲れ様です。一つひとつは小さい。だが積み重なれば、それは「この組織の論理は、自分には理解できない」という感覚になる。理解できない論理の中で働き続けることへの疲労感が、ある日、退職届という形を取る。

不条理の発見 + 問えない空気 + 適応コストの蓄積 = 離職
── やめるのは仕事ではない。やめるのは、謎ルールだ。

それでも、謎ルールは消えない理由

ではなぜ、謎ルールは消えないのか。人が傷つき、消耗し、やめていくのを横目に、なぜルールだけが生き残るのか。

一つには、謎ルールを守る人間が、謎ルールによって得るものがあるからだ。先輩としての威厳、内輪への所属感、「わかっている人間」としてのアイデンティティ。謎ルールを守ることで得られる「わかっている側」の安心感——それは、守る側にとって居心地のいい秩序でもある。

もう一つには、謎ルールを問い直すコストが高いからだ。「なぜ」を問うことは、先人の判断を疑うことでもある。組織の中でそれをやるには、それなりの立場と、それなりの覚悟が要る。多くの場合、そのコストを払う人間は現れない。こうして謎ルールは、誰も望まないまま、誰にも止められないまま、世代を越えて続いていく。

観察者として、最後に

数社を経て、自分がこのシリーズで書いてきたことを振り返ると、一つの問いに行き着く。自分はなぜ、謎ルールに消耗しなかったのか。

おそらくそれは、「違和感を感じ取り、寄り添いながら修正していく」という、奇妙なスキルのおかげだと思っている。謎ルールを「不条理」として受け取るのではなく、「解読すべき組織の文法」として受け取る。なぜこのルールが生まれたのかを想像する。その上で、静かに、少しずつ、別の選択肢を体現していく。

だがこれは、特殊なスキルだ。誰もが持っているわけではないし、持つべきだとも思わない。本来なら、問われるべきは「なぜ新人がそのスキルを身につけなければ生き残れない組織になっているのか」という方だろう。そして忘れてはならないのは、消耗しているのは新人だけではないということだ。帰りたくても帰れない部下がいる一方で、部下を気にして帰れない上司もいる。謎ルールは、階層を問わず、組織のすべての人を静かに縛っている。

謎ルールを問い直す勇気は、
個人ではなく、組織が持つべきものだ

フロア見取り図は消えても地図は消えない、とVol.1で書いた。ツールが変わっても形式は乗り換えてくる、とVol.3で書いた。それは本当のことだと今も思う。だが同時に、地図は書き換えられる、とも思っている。

謎ルールを生み出したのも人間なら、問い直すのも人間だ。「そういうものだから」という答えに、静かに「本当にそうですか」と返せる人間が、一人でも多くいる組織が、おそらくは——新人が最初の朝、謎ルールに出会わずに済む組織に、少しずつ近づいていくのだと思う。

【あとがき】このシリーズを書いた理由
謎ルールを笑い話として書きたかったわけではない。むしろ、笑えない話として書きたかった。一つひとつは些細で、滑稽で、「あるある」と頷けるものばかりだ。だがそれが積み重なって、誰かが静かに消耗し、ある朝、退職届を書いている——。そういう現実が、どこかの職場で今日も起きているとしたら、謎ルールはもはや笑えない。観察者としての自分に何ができるかはわからない。ただ、「なぜ」と問い続けることだけは、やめないでいたいと思っている。

[全4回・完結]

Text & Edit ──Column by Yoichiro Ishizawa
Published 2026.06.18

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