法務DX|デジタルの地図 第5話
Sorato Store Development Column ── Episode 05
法務DX
──契約審査とナレッジ共有|デジタルの地図 第5話
2026.08.20 第5話 法務DX ナレッジ共有
C宮下 遥──ソラト店舗開発担当、もはや中堅に。ムードメーカー。
本多先輩──店舗開発歴15年。その後、法務部門に異動。「感覚ではなく、数字で語ろう」に加え、「すべての答えは条文に書かれている」が口ぐせに。
縦糸を仕組みに委ねる——その最前線が、本多のいる法務そのものだった。宮下は、本多が「法務のDX」と呼ぶものが、具体的に何を指すのか、まだうまく像を結べずにいた。契約管理の仕組みは、なんとなく分かる。だが、法務の「判断」まで、デジタルにできるのだろうか。宮下は、率直にそれを聞いた。
「先輩、契約書の管理をデジタルにするのは、分かります。でも、法務の仕事って……この条項は危ない、とか、ここが抜けてる、とか、人が経験で判断してるものですよね。それも、デジタルにできるんですか?」
本多は、待っていた問いだ、という顔をした。
「そこが、法務DXの一番面白いところだ。結論から言うと——判断そのものを機械に肩代わりさせる、んじゃない。判断を助ける下ごしらえと、判断の勘所の共有を、デジタルにするんだ」
契約書レビューを、デジタルにする
本多が最初に挙げたのは、契約書レビュー(審査)だった。テナントから返ってきた契約書の案文を、一条ずつ確認していく作業。現改比較。これまでは、経験のある担当者が、紙に赤ペンを入れながら、一人で黙々とやっていた。
「これを、デジタルにする。案文をシステムに取り込んで、過去の標準的な条文と、どこがどう違うかを、機械的に浮かび上がらせる。人が一字一句、目で追う前に、『ここが変わってますよ』『ここが標準と違いますよ』を、先に示してくれる」
「じゃあ、人は、その差分だけを重点的に見ればいい、ってことですか」
「そういうことだ。全体を頭から舐めるように読む労力が、ぐっと減る。見るべきところに、最初から目を向けられる」
条文を、デジタルで審査する
次に本多が挙げたのは、条文のデジタル審査だった。契約書の中に、危ない条項が紛れていないか。逆に、あるべき条項が抜けていないか。
「たとえば、定期借家なのに、事前説明に関する記載が見当たらない。終了通知の取り決めが抜けている。中途解約の条項が、こちらに不利な書き方になっている。——こういう『危ない』『抜けている』を、機械が下調べして、洗い出す」
宮下は、実務編で学んだことを思い出した。事前説明を飛ばせば、定期借家が定期でなくなる。あの、致命的な取りこぼし。それを、人の注意力だけでなく、仕組みが二重にチェックしてくれる。
「でも」と本多は、すぐに釘を刺した。「機械が洗い出すのは、あくまで下ごしらえだ。『ここが怪しい』とは言えても、『この契約を結んでいいか』の最終判断は、機械にはできない。そこは、人が引き受ける」
機械は、「怪しい」を洗い出せる。
──だが、「それでいい」と決めるのは、人だ。
勘所を、一人の頭から、みんなの共有知へ
そして、本多が「これが本丸だ」と語ったのが、法務チェックのポイントのナレッジ共有化だった。
「法務には、ベテランの頭の中にしかない“勘所”がある。『この業態のテナントなら、ここは必ず見る』『この条項がこう書かれていたら、要注意』——長年の経験で身についた、チェックの急所だ。でも、それが一人の頭の中にあるうちは、その人がいなくなったら、消える」
宮下は、深くうなずいた。それは、契約に限った話ではなかった。かつて本多が「渡したかった後輩たちは、もう辞めてしまった」と言った、あの継承の断絶。ベテランの勘所が、言葉にされないまま失われていく——業界そのものが抱えてきた課題だ。
「だから、その勘所を、外に出す。『ここを見る』というチェックの急所を、リストにして、チームの誰もが使えるナレッジにする。一人の経験を、みんなの共有知に変えるんだ」
「それって……先輩が、ずっとやってきたことと、同じですね」
宮下の言葉に、本多は少し驚いた顔をした。
「メモ一枚を、後輩に渡す。勘所を、言葉にして継ぐ。先輩がやってきたのは、ずっとそれでした。ナレッジ共有って、それを、デジタルで、もっと大勢に、もっと確かに残す、ってことですよね」
本多は、しばらく黙ってから、ふっと笑った。
「……そうかもな。俺がやりたかったのは、結局、あのメモの続きなのかもしれない」
法務DXの三つの柱(※一例)
① 契約書レビューのデジタル化 ── 案文と標準条文の差分を機械が先に示し、人は要点に集中する
② 条文のデジタル審査 ── 危ない条項・抜けている条項を機械が下調べして洗い出す
③ 法務チェックのナレッジ共有化 ── ベテランの勘所(急所)を言語化し、チームの共有知にする
※いずれも「下ごしらえ・共有」を担うもので、最終判断は人が行う。具体的な手法・範囲は組織によって異なり、ここでの整理は一例です。
下ごしらえは仕組みへ、判断は人へ
本多は、法務DXの勘どころを、一言でまとめた。
「下ごしらえと、共有は、仕組みに任せる。最終の判断は、人が握る。——これは、前に話した縦糸と横糸と、まったく同じ構図だ。法務の縦糸を仕組みに委ねれば、法務の人間は、本当に難しい一件の判断に、じっくり向き合える」
宮下は、感心した。現場の目利きも、法務の判断も、根っこは同じだった。デジタルが下ごしらえを引き受けることで、人は、人にしかできない一番難しいところに、時間と頭を注げるようになる。
法務の下ごしらえは仕組みへ、最終判断は人へ
── ベテランの勘所は、共有知として次へ継がれる
「先輩の作ってるナレッジ、いつか、現場でも見られるようになりますか」と宮下は聞いた。
「そのつもりだ。というより——」本多は、ホワイトボードに、法務と現場を、一本の線で結んだ。「法務の中だけで完結してたら、片手落ちだ。案文チェックも、事前説明も、締結も、現場とつながって、はじめて意味がある。次は、その全体をどうつなぐかの話だ」
次話予告
法務のデジタル化が見えてきた。だがそれは、大きな流れの一部にすぎない。第6話は、契約DXの全体像――新店舗の契約から、レビュー、事前説明のデジタル送付、電子契約の締結、締結書類の電子回収、そしてレントロールの自動作成。そして新たに再契約への循環。点が、一本の線につながる折り返し点。
本稿は店舗開発の現場知見をもとにした創作であり、登場する人物・企業・数値は実在のものと関係ありません。契約実務・法務・DXに関する記述は一例であり、実際の取り組みにあたっては自社規程・専門家の確認を前提としてください。
Text & Edit ── Column by Yoichiro Ishizawa
Published 2026.08.20
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