【ニュース】令和7年度水産白書
1. 令和7年度水産白書の公表と養殖業への期待
出来事の要点:特集テーマ「養殖業の成長産業化」
農林水産省は2026年6月5日、水産基本法に基づき政府が毎年国会に提出する令和7年度水産白書を閣議決定し、公表した。今回の白書における最大の焦点は、特集テーマとして掲げられた「養殖業の成長産業化に向けた対応」である。我が国の水産業は現在、水産資源の不安定化、漁業就業者の急激な減少、そして地球温暖化に伴う海洋環境の変化という、これまでにない複合的な困難に直面している。2024年の海面漁業の漁獲量は約279万トンと前年から約5%減少しており、マイワシやサバ類、サンマといった主要魚種の不漁が継続している状況だ。
このような厳しい情勢下で、天然資源の変動に左右されにくく、計画的な生産が可能な養殖業への期待が改めて高まっている。白書では、養殖技術立国の確立に向けた育種やデジタル技術の活用、ウナギの完全養殖の社会実装、さらには陸上養殖の今後の可能性について詳しく紹介されている。また、トピックスとして、複合的な漁業の推進やIUU漁業(違法・無報告・無規制漁業)の撲滅、水産業の担い手確保といった令和7年度の重要な動きも網羅されている。以下の図は、日本の水産業が目指すべき将来像の全体像を示している。

世界と日本の養殖業をめぐる需給動向
世界の漁業・養殖業生産量は増加の一途を辿っており、2024年には2億3,378万トンに達した。注目すべきは生産構造の変化で、1980年代後半から横ばいで推移する漁業に対し、養殖業は急成長を遂げ、現在では世界の水産物供給の約6割を占めるに至っている。アジアやアフリカを中心とした世界的な人口増加により、今後も水産物需要の拡大が予測されており、養殖業は今後も成長が見込まれる有望な分野である。
一方、日本国内の状況を見ると、2024年の養殖業生産量は約83万トンであり、ピーク時の1988年(約143万トン)と比較すると減少傾向にあるものの、漁業・養殖業全体の生産量に占める割合は2割台を維持している。しかし、生産額ベースで見ると養殖業は約7,240億円にのぼり、水産業全体の約44%を占める重要な地位にある。特にブリ類は国内の魚類養殖の約半分を占めており、世界シェアでも約8割と圧倒的な優位性を誇っている。一方で、食用魚介類の自給率は2024年時点で52%まで低下しており、政府は2032年度までに94%へ引き上げる高い目標を掲げている。国内需要が減少する中で、養殖業は食料安全保障の確保と「海外から稼ぐ力」の強化という二つの側面から、極めて重要な役割を担うこととなる。
2. 戦略的アプローチと技術革新の最前線
マーケットイン型養殖と「4定」の実現
養殖業が成長産業として自立するためには、従来の「作ったものを売る」プロダクトアウトから、消費者のニーズを起点とする「売れるものを作る」マーケットイン型養殖への転換が不可欠である。養殖魚の最大の強みは、天然魚には困難な定質・定量・定価格・定時(4定)の供給が可能である点にある。これにより、管理された環境下で脂の乗りや身質を安定させることができ、量販店や外食産業が扱いやすい商品として高い評価を得ている。例えば、ブリにおいては、近年平均的に養殖魚の方が天然魚よりも高値で取引される逆転現象も起きている。
さらに、白書では高付加価値化に向けた具体的な事例も紹介されている。例えば、宮崎県串間市の事例では、人工飼料(EP)のみで育成し、魚臭さを抑えた「e-かんぱち」をブランド化し、加工事業者と連携してスモーク製品を開発する等の付加価値向上に取り組んでいる。また、出荷までの時間を短縮してキャッシュフローを改善する「中間魚販売事業」など、経営リスクを分散させる戦略的な動きも見られる。サプライチェーン全体を自社で完結させることで、利益率を高める小規模経営の成功例も報告されている。以下の写真は、ブランド化に成功した養殖魚の加工工程を示している。

スマート水産業と先端技術の導入
労働力不足と高齢化が深刻化する中で、ICT、AI、ロボット等の先端技術を活用した「スマート水産業」の導入が加速している。養殖現場では、AIを用いた最適な自動給餌システムや自動網掃除ロボットが導入され始めており、人手不足の解消とコスト削減を同時に実現する道が開かれている。三重県におけるクロノリ養殖の事例では、地元の水産研究所が伴走者となり、簡易観測装置を共同開発したことで、漁業者はスマートフォンで水温データをリアルタイムに把握し、適切な養殖開始時期を判断できるようになった。
また、通信環境の改善も大きな転換点を迎えている。これまでの海上では衛星通信の容量に制約があったが、SpaceX社の「Starlink」など非静止衛星を用いた高速大容量のブロードバンド環境が普及し始めている。これにより、洋上でも家族とのSNS利用が可能になるだけでなく、AIによる漁場予測精度の向上や航行の効率化が期待されている。政府は「デジタル水産業戦略拠点」を全国7地域で選定しており、水揚げから流通、消費に至るまで地域一体となったデジタル化を強力に支援している。これらのスマート技術の現場実装は、若者にとって魅力的な就業環境を整える上でも、極めて重要な意味を持っている。
3. 経営リスクへの対応と今後の展開
コスト高騰と地球温暖化への適応策
養殖経営を圧迫している最大の要因は、飼料コストの高騰と環境変化である。特に魚類養殖において餌代はコストの約7割を占めているが、主原料である輸入魚粉の価格は、円安や国際情勢の影響を受け、過去3年間で約6割も上昇している。この危機に対応するため、水産研究・教育機構などでは、輸入魚粉に依存しない「昆虫(アメリカミズアブ)」や「微細藻類」を原料とした代替飼料の開発を進めており、マダイの育成において従来の配合飼料と同等の成長を確認するなど、社会実装に向けた期待が高まっている。
また、海水温の上昇は、特定の漁場で営まれる養殖業に甚大な被害を及ぼしている。2025年度には、瀬戸内海でのカキの大量へい死や、北海道・青森におけるホタテガイのへい死が深刻な問題となった。これに対し、政府は「高水温等によるカキへい死被害への政策パッケージ」を策定し、赤潮対策や高水温に強い品種の作出、さらには海水温の変化に影響を受けにくい陸上養殖や大規模沖合養殖への転換を支援している。特に沖合養殖では、大型の浮沈式生け簀を用いることで、赤潮が発生しにくく、水質の安定した環境での生産を可能にする実証が進んでいる。以下の図は、新素材を用いた配合飼料の開発イメージである。

今後の注目点:輸出拡大と持続可能な生産体制
今後の水産業の展望において、最も重要な目標の一つが輸出額の拡大である。政府は2030年までに農林水産物・食品の輸出額を5兆円(うち水産物は1.1兆円)とする目標を掲げている。2025年の水産物輸出額は過去最高の4,231億円を記録しており、ホタテガイ、真珠、錦鯉などが目標達成に向けた牽引役となっている。特に真珠やホタテガイ加工品の一大輸出先である香港や、ブリの需要が高い米国などが主要な市場となっており、地域一体となって輸出に取り組む「フラッグシップ輸出産地」の認定も16産地まで拡大した。
持続可能な生産体制の構築も急務である。「みどりの食料システム戦略」に基づき、2050年までにニホンウナギやクロマグロ等の人工種苗比率100%を目指しており、ウナギにおいてはFRP製円筒形水槽の開発により、1尾当たりの飼育コストを従来比約20分の1まで低減させるなど、完全養殖の商業化に向けた大きな一歩を踏み出している。さらに、国際的に通用する水産エコラベル(MEL、MSC、ASC)の認証取得を促進することで、環境に配慮したサステナブルな日本産水産物を世界市場へアピールし、ブランド価値を最大化していくことが期待される。適切な資源管理と技術革新の両輪を回すことで、日本の水産業は再び成長軌道に乗るための重要な岐路に立っている。
いいなと思ったら応援しよう!
この記事は noteマネー にピックアップされました

