見出し画像

ティファール鍋に供花を飾って。10000字エッセイ

とても不思議な夢を見た
父と母と私
三人で電車に乗っている夢

電車はほどよく混雑していて
どこの国の方だろうか?若い女の子がスマホを落とし私が追いかけ渡している

気づくと、いつの間にかトンネルをぬけていて辺り一面、木々の葉が赤や黄色に色づいた紅葉の景色に変わっていた
走り続ける電車の中、私はこの美しい景色が過ぎ去ってしまう前に、早く写真を撮らなくてはと焦っている

場面が変わり
体調がすぐれないのか、父が車両の床を汚してしまい、母が悲しく拭いていた。あぁやっぱり出かけるのは無理だったのかと思っていると

父だけが一人
ひとつ前の車両の連結部分に立っていて、少しはしゃいだ様子でニコニコしている
えーいつのまに?
「こんなに元気な爺は久しぶりだ。そうだ、姉達に動画を送ってあげよう」とスマホで撮り始める
すると父はさらに奥へと進んでいき
また次の車両から楽しそうに踊ったりふざけてみせた

夢の中の父は本当に楽しそうで
私の知ってる父なのだけど
父ではないような
不思議な感覚のまま目が覚めた

朝「爺ちゃんの夢を見たよ」と息子に話をした、その日の午後
「爺が調子悪そうで明日入院することになったから手伝いに来れる?」と実家の姉から連絡あった

とっても不思議な夢で
とっても鮮明に覚えていたから
夕飯時、皆んなに夢の話をした

そして

その夢を見た一週間後
父は逝ってしまった

紅葉色づく 土曜日の午後
父が入院して1週間
15時になったら面会にでも行こうかなと昼食後ウトウトしていると、すぐ上の姉から「病院から電話がきて、ねーちゃん達が爺の様子を見に行くことになったんだけど今から手伝いに来れる?」と連絡がきた。
実家は旅館業を営んでいて、私達三姉妹の長女である姉夫婦が後を継いでいる
実家までは車で約一時間、私は急いで向かった。

母と次姉と私
「すぐにきてください!とかじゃなかったし来週の水曜日、婆も検査だから爺のところへ行ってくる」
そんな母の話を聞きながら、3人で準備を始めていると次姉のスマホが鳴る

次姉は、うんうんと聞いている
その声は次第に大きくなり
「なに?呼吸をしてない?呼吸をしてない?」と泣きながら何度も言っていた

どうする

とにかく母をすぐに連れて行きたい
でもお客さんがいる
私たちは近くの親戚に母を病院に連れて行けるか電話をかけまくったが
その日に限って皆近くにいなかった

どうする

父の急変に「なんで?爺はどうしちゃったんだ?」と廊下をオロオロと歩き回っている母の姿を見て

「私が婆を連れて行く!今すぐ行かなきゃ間に合わないじゃん!」
そう次姉に向かって叫んでいた

「わかった。婆を連れて行ってあげて」
いつものバックと上着、あと薬を母に持つよう言い
「こっちは大丈夫なんとかする!すぐ行って!」
その次姉の声は、とても冷静で何か覚悟したようだった

私は母を連れて車を走らせる中

「お願い間に合って…」
そう願いながら頭の片隅で

次姉はたった一人で団体客の準備ができるのか…
それから…私が来て良かったのか
もしこれが父との最後になるなら
三女の私でなく
次姉が良かったのではないか…
きっと本当はすぐに駆けつけたかったはずだ…

助手席で薬を飲みながら落ち着きなく混乱している母に
「きっとまだ間に合う大丈夫だよ」
そう言いながら
色んな感情がぐるぐる巡っていた。

病院の駐車場に義兄の姿が見える
とにかく母に、先に降りてすぐ行くように言い、義兄の横に車をつけた

車を降りながら母は
「急にどうしちゃったのか爺はまだ大丈夫なのか」と何度も聞いていた

義兄は静かに佇んでいる
そして
母の顔を見ながら
とても優しくとても落ち着いた声で

「心臓がさ、とまっちまったんさ」

そう言った

きっと母のために言葉を選びながら伝えてくれたんだとわかった
駐車場の真ん中で義兄にしがみつき
声にならない声で泣き崩れる母の姿

私はこの光景を
きっと死ぬまで忘れないだろう。

ベッドの上
父はまるで眠っているようだった
父のそばに立っていた長姉が
向かってる途中病院から連絡があり、父の最後に誰も間に合わなかったことを話してくれた

母は父の顔を撫でたり手をさすったりしながら
「まだあったかい。爺ーー頑張って。まだあったかい頑張ってーー」と泣きながら何度も言った後
「なんかまだ脈がある?」そう言って母がこっちを見た時
私は胸がぎゅーーとなり
「爺ーー婆を連れてきたよ!婆の声が聞こえるかい!」と…

その言葉以外…何も見つからなかった。

母も無事連れて来れた
父はまだあたたかい
まだあたたかいうちに次姉にもあわせてあげたい
私が今できることはそれだけだと、滞在5分ほどで車に飛び乗り、途中次姉にすぐ病院に向かうように言った。

実家に戻り急いで調理場に駆け込むと、そこには食事の支度にとりかかりながら「どうだった?」と心配する3人の姿があった。

次姉は一人になったあと、まず
自分が落ち着くこと
誰か応援を呼ぶこと
お客様に事情を伝えること
夕食の時間を遅らせてもらうこと
お湯を沸かすこと
鍋の汁を作ること…
沢山のことを
落ち着けーー落ち着けーと、泣きながらひとつひとつ確認してやったんだと後から話してくれた。

私だったらできただろうか…
想像したらちょっと泣けて
そして…やっぱり凄いなと思った。

連絡を聞き駆けつけてくれた
叔母、次姉の娘、夫がしっかり引き継ぎ、できることを全てやってくれていた。
夫が「三杯酢の味だけみて」と
私は「うん大丈夫美味しい!」と言いながら夫が来てくれてよかったと思った
夕食時も私が館内に流す音楽がわからないと焦ってると、今度は姪っ子が「たぶんこう」と手際よく曲を流してくれた
実家に来た時に、何気なく見て覚えていてくれた…
そして近くに住む叔母が来てくれた事は本当に心強かった
「皆んなすごいな…」私はそう思いながら張り詰めていた気持ちががスゥーと解けるのを感じていた。

「あっヤダ私エプロンをしたまま病院行っちゃったよ」
「そういう時は仕方ないから大丈夫」
「そうだよ〜大丈夫だよ」
そんな話を叔母と姪っ子としながら、皆んな病院でどうしてるかな…そう思っていた。

その晩は宿泊客もいて父を家に連れて帰ってくるのは難しいとなり、一晩ホールにお願いし、次姉と私が父と一緒にいることになった
ちょうど休みの日で、先にホールに来てくれていた私の息子達と交代し、次姉と二人「なんか信じられないね」なんて言いながら時折、父の側でゴロンと横になっていると

わずかに布団が動いたように見え「ねぇ今動いたよね?」
どうやら
次姉の角度からは見えないようで

また話していると今度は
すぅ〜と微かに寝息のような音も聞こえた気がして
「ねぇなんか聞こえる」
ほら見て!ねぇまた動いたよ!と私が小声で騒いでいると次姉が
「…ドライアイスのせいだよ…」と
ボソッと言ってウトウトしだし、そのうち寝てしまった。

…なんだ…ドライアイスか…
外を覗くと、もううっすらと夜が明けようとしている
「爺は寒くないのかなぁ」
父の上にのっている大きなドライアイスの塊を見て、そんなおかしなことを思ったりして…

静まり返ったホールで一人
紙コップにスティックシュガーを入れお湯を注ぎながら
この渦巻きのお線香…本当に12時間もつんだなぁ…なんて
そんなことをぼんやりと考えていた

祭壇の向こうにいる父

あぁダメだ。まだ信じられない…
本当に父は死んでしまったのか?

朝「爺もうすぐ家に帰れるよ」と二人で、冷たくなった父の顔を何度ものぞいたり、ほっぺをそっと触ったりしていると、
あれ?!昨日より左の口元のヒゲが伸びている?
「凄いね…」と覗きながら、私は驚きと不思議と…
父の生命力をすごく感じていた

外に出ると、ブルっと震えるほど寒くて悲しくなった
横殴りの雨の中ホールを後にし、父を乗せた霊柩車が私の前を走って行く
無音の車の中、ワイパーの音だけが静かに響いている
実家へ行くいつもの道なのに、今日はまるで違って見える

カーブを曲がると、玄関先で近所の人たちが父の帰りを待ってくれているのが見え
私は先回りをし
「爺が今着いたよ」と、家へ入ると
寒く薄暗い中、皆んながロビーに並んでいた
「大変なんだよ朝からずっと停電で」
「よりにもよってこんな時に…」

今何ができる…
私達はありったけの懐中電灯を広間へと続く廊下の隅々に置き父を待つ

非常灯の灯りと、足元をうっすら照らす灯りの中
父は静かに安置された


昨日までの秋晴れが嘘のような
今日の寒さと薄暗さは
まるで草や木、山々までもが父の死を悲しんでいるかのようで
それがよりいっそう悲しみに追い打ちをかける

広間では父の準備が粛々と進む
すべての準備がととのい
父を待っていてくれた人たちが中へ入ってきた、その時
パッっパッっパパパパパッっーーー
と一気に電気がつき明るくなった
「うわぁー凄いタイミング」
「よかったねー」
「たぶん、爺が帰ってきたぞーってアピールしてるんじゃないか?」
なんて言ってるうち
さっきよりみんなの顔も少し明るくなったように見えて不思議だった。

訃報を聞いた人々が続々と訪れる。年配の方から若者まで
…これほどまでとは…やはり父の人徳だろう
その絶え間ない人の流れは朝から晩までつづいた。
想定以上の人の多さに、急遽追加でお茶などの買い出しを息子(次男)に頼んだりして、とにかく目が回る忙しさだ

時折、具合が悪そうな母に少し部屋で寝てくるように言ったりして、皆が合間合間に交代で食事をとっていた時、ふと気づくと長姉が調理場の横にある3畳ほどのスペースに倒れ込んでいた。
「ねぇ大丈夫?」と声をかけに行こうとした時
「今は、ほっといてあげて。」
「時間がたてば大丈夫だから。」
と、次姉が言った。

それでも気になった私はそっ〜と長姉を覗いてみると、
気配を感じたのか、目を閉じたまま
「なんか急に悲しくなっちゃった」
そう言ってまたウトウトする長姉を見ながら、ずっと側で父を見てきた長姉にとって父の死は…長女として背負っていく重みはどれほどのものなのか…色々考えるとなんだかとても可哀想になった

あぁそうか。もしかしたら次姉はそういう事すべてをわかっていて私に「今は…」と、言ったんだ
私はそっと側にあった誰かの上着を長姉にかけ、その場を後にした。

価値観の違いはありながら、それでも互いに尊重し合い、あちらこちらで誰かが誰かを思いやっている。想いが一つであれば、そこにはきっと違いも間違いもないく、父の最後のためにと、まさに親族が一致団結していた。

手の空いた夜
父の眠る広間を覗くと、片隅に出した小さなコタツを囲み、葬儀ナレーション用のエピソードを皆んなで父の人生を振り返りながらメモをとり語り合っていた。

文才のある叔父夫婦、一番近くにいた父の妹である叔母や次姉、このメンバーが揃えばきっと良いのができる
「こっちはよろしくお願いします」と声をかけ、私は自分に任されたことの準備に取り掛かる。

家族皆んなの提案で、遺影にできなかったお気に入りの帽子をかぶった父の写真と、思い出の遺品を飾る為のスペースを設置していただき、私が担当させてもらえる事になった。

父が「おぉこれはいい」と喜んでくれるような物
そして葬儀に来てくれた人、誰もが
【これぞ父】とわかるような物
その二つにこだわり、一つ一つ選び、最後に父の好きだったナナカマドを添えて準備した。

「今夜は姪っ子達が一緒にいてくれるって。爺良かったね」と父に手を合わせた、その晩、私は家に戻った。

次の日はさらに忙しく、朝から一緒に来た息子(長男)も、義兄に習い色々と動いてくれた。
…息子達は爺ちゃんの死を、どう感じているのだろうか…
そんな事を思いながら、とにかく自分のできる事をやるだけだった

その晩
廊下を歩いていると広間から声が聞こえてくる。義兄の声だった
「本日はお忙しい中、父………」
喪主挨拶の練習?と私は何の気なしに覗くと、きちんと正座をし、しっかりとした大きな声で真面目に練習する義兄の後ろ姿と、その正面に座り涙をこらえ、まっすぐ義兄の顔を見て聞いている義兄の娘(姪)の姿があった。
普段からは想像つかないような親子の姿を見て…ここは私の出番ではないな……と、そっとその場を後にしながら、なんだか胸にグッと熱いものが込み上げるのを感じてた


次の朝、広間にいる父にお線香をあげ、居間に行くと「新聞見た?」と叔母が新聞のお悔やみ欄を見せてくれた。
そこには父の名前と、最後に叔父が選んだ30文字の言葉が載っていた
父の生き様がギュッと詰まったその言葉に私も皆んなも喜び感謝した

新聞を見て駆けつけてくれた人もいたり、清めの会食の準備もあったりしてバタバタしたが、無事に一日を終え私は帰宅した。

湯灌《ゆかん》の朝
実家へ向かっていると雨上がりの山に大きな虹が出ていた
買い出しで11時の湯灌に間に合わないのではないかと焦っていた私に
どこまでも続く、その低く大きな虹は、「大丈夫。待ってる」そう父が言ってくれているようで私を安心させてくれた。

一生の仕事を終え、きれいに清められ、着替えをし、すっきりと気持ちよさそうな表情で眠る父
いつもの父の顔に悲しみが込み上げる。
感謝を込め、皆で来世への旅立ちの身支度を整え、棺の中には、「お爺が寒くないように」と姪っ子が編んだ毛糸の帽子や、甥っ子からのプレゼントの品、生前の愛用品や写真などを入れ始める
…そうだ私家帰ったから選べなかった…私も選びたかったな…急いで玄関に取りに行けば間に合うかな…でももういいかな…躊躇と遠慮で、ちょっと悲しくなってしまった。その時
「ねぇナナカマドの切り絵の栞、これがいいなかと用意しといたよ」とスッと次姉が手渡してくれた。
それは私が一番入れてあげたかったもの。私はありがとうと心から感謝した。
そして最後に、たくさんの想いがこもった【父の本】を叔父が棺に納め蓋が閉じる
湯灌の義ひとつひとつが丁寧で、心に響き、私にとって一生忘れられない時間となった。

夜遅くには次姉の息子も遠くから駆けつけ、父を前に泣いていて
その甥っ子の姿を見てまた皆もらい泣き…
本当に皆んなの爺だった

その晩、長姉の娘と一緒に広間のコタツで横になりながら色んな話をした。…夢の話…病院での話…。
姪っ子は「悲しいーー泣けるーー」と言いながら、そのうち二人して寝てしまった。
朝方4時頃 「交代するよ」と言う叔父の声で目が覚めた
こうして毎朝まだ夜が明けないうちから、叔父夫婦が皆んなを気遣ってくれたことは、感謝とともに本当にありがたく心強かった。

出棺の朝
交代するから朝食と着替えを済ませるようにと、母が来た。
私はさっと身支度をし広間へ行くと、母がこたつのテーブルに伏せるようにして泣いていた。
その震える母の肩がとても小さくなんだか消えてしまいそうにみえる。
母は、父との思いに馳せているんだ…かける言葉も見つからない…それから…今は邪魔してはいけないな…そう思った私はそっと母の斜め横に座り、ただ落ち着くのを待っていた。
少しの時間が経ち「爺〜爺の代わりに暴れん坊将軍を見てきたよ〜」と言いながら、母がお線香をあげていると、父を正面にして右側のロウソクの炎だけが、細長く伸びたりビュンビュン跳ねたりをくりかえしはじめた。「凄いねー伝わってるよ!爺もきっと喜んでる!婆よかったねー」と、やっと母に声をかけることができホッとした。
父が母に寄り添っているような…そんな気配を感じながら、本当に仲の良い夫婦だったよな…と、しみじみ感じていた。

出棺の準備が整う
喪主である義兄が外で待つ参列者に感謝の挨拶をした。涙をこらえ声を詰まらせながら前に立つ義兄の姿がとても印象的で、なんだか泣けてくる。
近しい親族(男)が棺を抱え霊柩車まで運び、弓を弾き、クラクションの合図とともに霊柩車は火葬場へと出発して行く。私達は、次姉の夫(義兄)が運転するマイクロバスに乗り、後へと続いた。

久々の青空と、勿体無いほどの美しい紅葉の景色と、前を走る霊柩車。
…あぁそういえば父は青空の青を空色と言っていたなぁ…
空色と紅葉色と喪色が、私の目の前に映る。悲しいけど鮮やかで…とても不思議気持ち…すると「この紅葉の景色、爺にも見せたかったー」「最後に見てるかな」と、誰となく言っていて、皆んな想いは同じなんだなと思いながら、夢に出てきた紅葉の景色を私は思い出していた。

納棺の儀式がはじまる
棺に別れ花を入れ、父と最後のお別れをしながら母が力無くヨロヨロっとよろけて支えられている。やはり残された母のことを思うと辛かった。最後に納棺師の方が
「喪主様、最後のお別れの準備は整いましたでしょうか?」と、とても静かに穏やかな口調でたずね「はい」と答える義兄の声を聞いたら涙が溢れそうになった。

火葬炉の前 
…どうしよう本当にこれで父と最後になってしまう…と急にプチパニックになったは私は思わず「産んでくれてありがとう」みたいな事を呟いてしまい、時すでに遅し…
あぁ最後の最後に私という人間が出てしまった。
………それは母に言う言葉だ…父ごめんよ………
改めて父に届くよう心でつぶやく

私は父の子に生まれ幸せでした
ありがとう

そして父はついに荼毘に付された

骨上げの儀式
遺骨になっても父は父だったので私は驚いた

足の骨から順番に二人一組で拾い上げ骨壷に納めていく。
箸の持ち方がおかしいと言われてきた私は急に緊張し、前を見ると姪っ子が遠慮がちに小さな骨を拾い上げている。大丈夫かと心配になりながら小指でバランスをとり、少々ぎこちなくではあったが無事に骨壷に納めることができ安堵した

親族が順番に父の遺骨を拾い納め、最後は納棺師の方が、何度も何度も一粒も残らないほどに拾い上げ骨壷に納めていく
私は、父のことを大切に扱ってくれた納棺師のその丁寧な仕事に感動を覚えながら
そこにはもう悲しいという感情はなく、父という人間がいたんだという存在の証を見せてもらっているような、人は最後は骨になり、それは皆同じく平等なんだと父が身をもって教えてくれているかのような…
そんな気がしていた。

納骨式が終わり
位牌を義兄、遺影を母が、そしてお骨は、海外赴任のため参列が叶わなかった長姉の息子の代わりに次姉の息子が役割を担った。
小さい頃、いちばん爺に怒られてた甥っ子が大人になり骨壷を抱いている。
その姿がなんともいえず、あぁきっと父も
「おぉー持ってくれたんか」なんてニコニコしてるんじゃないかと想像できて、私はとても嬉しかった。

火葬場を後にし告別式の行われるホールに向かう
ホールに着くと会場をぐるっと囲むように沢山の供花が届いていて、皆んなで「すごいねー」と驚いていると、係の人がサッと長姉夫婦の元へ駆け寄り「多くの弔電が届いていて順番をつけていただきたい」そう言っているのが聞こえた。
長姉夫婦は供花や弔電等の対応に、次姉と叔父は弔辞、エピソードの最終打ち合わせを、私はすでに陳列してもらっていた父の記念や遺品の仕上げをした。

すでに時間が押していて、慌ただしく告別式前の食事をとり、参列者を出迎えるため入り口に立ちながら
「ねえ、すごいよね?」と隣にいる夫に耳打ちすると
「さすがレジェンドだよな」と小声で返してきた
夫は結婚当初から父のことをレジェンドだと言っている
凄い人なのに、その凄さに私達三姉妹も母もそれに気づいてないって、そう言われる度に私はいつもただ笑って返していた

用意された席が足りず、追加してもどんどんうまっていく光景
先に着席した人達が供花を見渡し、圧倒されている様子
若い人たちが年配者に席を譲り、立ち見を買って出る姿
これから父の後を担っていく若者達が父の遺品を前に涙をながしている姿

本当はいつだって父を誇らしく思っていた
自慢の父親だった


告別式
父の人柄、人生を語った紹介スピーチから始まる
司会者の言葉一つ一つに頭と心で浸りながら聞き入った。
そして
《大樹倒れる》から始まった弔辞。私は、この方ご本人にお会いするのは初めてだったが、父の資料館でこの方の書いた詩的なものを目にしたことがあった。私が、「これ素敵だね誰の?」と尋ねた時、父がこの方だと教えてくれた。
悲しく心に響く言葉が続いてく…父の名を呼び『今朝の…山々は稜線を明らかにしつつなき濡れています……』この辺りから涙腺が崩壊してしまった。
何より嬉しかったのは【父の本】を、数有る関連書物の中で最も尊い(たっとい)本、そう言葉にしてくれたことだった。
叔父の友人でもあるこの方の弔辞を、父もきっと喜んでいるだろう

そして
父が大事に大事に可愛がってきた初孫(長姉の息子)の手紙を、司会者が代読した
その手紙からお爺としてどれほど思われ慕われていたのかが、手に取るように伝わってくる…
「本当は過去に思いを馳せるんじゃなくて、また家に帰った時に成長した姿をみてほしかった、もっとたくさん話したかった、話しておけばよかった…」
おじい、おじいと、一番近くでお爺を見てきたからこその甥っ子のその言葉は、残された人の思いを代弁してくれているかのようで、どこからともなくすすり泣く声が静かに響く
甥っ子の参列が叶わず皆悲しかったが、手紙を書いてくれたことに心からありがとうと感謝の気持ちでいっぱいになった

終盤、姉側左隣から順々にティッシュが回ってきて、私ハンカチ持ってるけど?と思いながら右を見ると、えー夫がすごく泣いている。慌てて手渡しながらその、らしくない夫の姿に私は緊張していた心を軽くしてもらった

こうして父の葬儀が無事に終る
次のステージへと旅立つ父の手助けができたならよかったなと、私は微かに達成感を感じていた

父の死は
親族の絆や、家族のいるありがたみ、人と人との繋がりの大切さを私にみせてくれた。
そして、人は誰でも死というものが必ず訪れるけれど、それはそんなに怖いものではないんだよと教えてくれた気がした。

父の幅広い人脈を目の当たりにして、生きる姿勢を考えさせられた。
一つのことを貫いた先には沢山の出会いと縁があるのだと教えてくれた

これからの未来のために、父が次の世代へ残した記憶や記録はきっと貴重な体験として映像や資料として残っていくだろう
私は、父が得意とする分野で、生き生きと話す姿が好きだった
もっと声を聞きたかった
父の夢のために
もっと何かできたのではなかったかと心残りも後悔も沢山ある

…まだ間に合うなら
胸を張って伝えたい
それは
自分の価値観と感情に正直に生きた父は、最高にかっこいい父だったと


晩年は癌と共存した人生だった
それは想像を絶するほどだったと思う
それでも
決して泣き言や弱音を吐かず
誰のせいにもせず
誰に迷惑をかけるでもなく
自分のできることをし
僅かな楽しみを見つけながら
自分のことより最後まで母を気遣い
『全て万事オッケーだから』と言い残し逝ってしまった父を
散り際までも潔く
最高に【父らしい】私はそう思った

帰宅後、父の死という物語を舞台で演じてきたようなそんな感覚のまま
帰り際長姉からもらった供花を飾ろうと花瓶に花をさしていた
…あぁそういえば三姉妹それぞれが子を持ち、父は皆んなの爺になったけど、昔はなんて呼んでいた?…急にそんな事を思った

そうだ!昔はお父ちゃんだった!

お父ちゃんというフレーズが、一気に私を小さかったあの頃に戻していく
九九を教えてくれたのも、お父ちゃんだった
お父ちゃんが「いくか?」とニコッとした時は嬉しくてワクワクした
お父ちゃんのやることに憧れて、女の子は危険だからと連れて行ってもらえないことが悔しくて、七夕の短冊に《男になりたい》そう書いたこともあった
新聞が読めるようになった私を褒めてくれたのもお父ちゃんだった
変わってる私を、私の夢を、いつも一番に応援してくれたのもお父ちゃんだった

あぁ!そうか!あの日、夢の中でニコニコとおどけていた父は、小さな私をワクワクさせてくれた《お父ちゃん》だったんだ
お父ちゃんだったんだ
お父ちゃん…
お父ちゃん………お父ちゃん…

大好きだった、あたいのお父ちゃんはもういないんだ…
そう思った瞬間私は、はじめて父の死を悔やみ、悲しみがグワァーっと込み上げてきた

ボトボトと止めどなく溢れ出る涙
私は小さな子供のように声出して泣いた


決して人と同じでなくても、自分の直感を信じ動いてみることも大切で
その方が案外楽しく生きられるもんだよと
好奇心旺盛でワクワクを探すのが得意だった父が【夢の中】で最後にそう教えくれた気がした

私は花瓶に入りきらない供花を前に、うん!それならと、
おもむろに食器棚からティファールの黒鍋を出した。
ヨシこれだ!
一本一本黒鍋に花をさしながら気づくと、とてもワクワクしている自分がいた

直感を信じ
【ティファール鍋に供花を飾って】私は思う

「なんてしっくりきて、カッコイイんだろう」

いつだって父は生きるヒントを与えてくれた

だから大丈夫
この先何かに困った時は、父のヒントを思い出し
父だったらどう動くか
そう考えながら

自分らしく生きていこう

いいなと思ったら応援しよう!