桜が咲いていなかった日に、私たちが見つけたもの
はこだて暮らしの保健室、初めての「お散歩と俳句」
2026年4月26日。函館の空は、一点の曇りもない快晴に恵まれました。
本日は「はこだて暮らしの保健室」として、これまでの活動から一歩踏み出し、初めて病院の外へと飛び出す「お散歩と俳句」のイベントを開催いたしました。
🌸 桜を愛でる、ゆっくりとした歩み
函館の桜は、すでに葉桜へと移ろいつつあるものもあれば、近所を歩けば今を盛りと美しく咲き誇るものもあり、春の終わりの力強さを感じさせます。
今回は、普段は室内で過ごすことが多い皆さんと一緒に、函館稜北クリニックを出て近隣の桜を眺めに歩きました。
「一歩」を支え合う光景
当初、ある参加者の方は「歩く自信がないから、私は行かなくてもいいかな…」と、お留守番を希望されていました。
しかし、他の参加者の方が**「一緒に行きましょうよ、ゆっくりで大丈夫だから」**と優しく声をかけてくださると、「じゃあ、私もやっぱり行ってみようかしら」と、勇気を出して一歩を踏み出してくれました。
無理のないペースで
歩く速度は、参加者の皆さんのリズムに合わせてゆっくりと。春の風を感じながら、道端に咲く花や桜の色の変化を五感で楽しむ時間は、**日常の中に穏やかな「余白」**をもたらしてくれました。
🌱 偶然が生んだ「桜の特等席」
実は、お散歩コースの桜がまだ十分に咲いていないというハプニングがありました。
しかしそこで諦めるのではなく、クリニックの2階にある庭に、きれいに咲いている桜の鉢植えを見つけました。許可をいただいて、その鉢植えを暮らしの保健室の会場まで移動。
自分たちの手で「お花見会場」を作り上げ、皆で鑑賞しました。
💞 ケアの境界が溶ける瞬間
今回の活動で最も印象的だったのは、参加者同士の間に自然と生まれた**「ケアの循環」**です。
参加者の中には元ヘルパーの経験をお持ちの方もいらっしゃいました。お散歩の道中、その方が自然と他の方をサポートしたり、励ましたりする姿が見られました。
そこには、医療者が一方的にケアを提供し、患者さんがそれを受けるという固定された関係性はありません。
参加者一人ひとりが、自分の持っている経験や優しさを差し出し、緩やかなつながりの中で支え合っている。
まさに、ケアし、ケアされる関係が溶け合うような、温かいコミュニケーションのデザインがそこにありました。
🍃 俳句に込める、今日だけの「春」
お散歩から戻った後は、外で感じた「春」を五・七・五の言葉に乗せて表現する、俳句の時間を持ちました。
皆さんがしたためた短冊には、ただ景色を描写するだけでなく、今日この場所で他者と触れ合った心の動きが投影されているようでした。
✏️ 代表より:今回の「暮らしの編集」を振り返って
今回の活動は、まさに**「暮らしを編集する」**試みでした。
予定していた桜が咲いていなければ、別の場所から桜を持ってくる。完璧に整えられたプログラムである必要はなく、その場にあるものでうまくやりくりする**「ブリコラージュ(お手製のものによる工夫)」**こそが重要だと感じています。
完璧にデザインされた空間は、時として「弱さ」を許容する力が低くなってしまいます。
あり合わせのデザインや偶然が生み出すワクワク、そして手作りゆえの温かさを大切にする空間。
そうした場所こそが、人生の凸凹や病気、障害の有無に関わらず、ありのままの「どうしようもない自分」を肯定できる場所になるのだと思います。
病院という「公」の場から少しだけ外に出て、地域の「暮らし」の現場へと歩みを進める。
そこには、医学的な不健康さを抱えていたとしても、他者と支え合い、春の美しさに心を動かす**「ウェルビーイング(けんこう)」**な姿がありました。
参加してくださった皆様、そしてお一人ひとりの勇気を支えてくださったスタッフの皆様、本当にありがとうございました。
はこだて暮らしの保健室 舛森 悠
