「またバグだよ」と言われる現場で起きていること|トラブルが複雑化する理由
オフィスに響く「またバグだよ、動かない」という苛立ち混じりの声。
その声が大きければ大きいほど、周囲の空気は強張り、トラブルの本質とは別のところで事態が複雑化していく。
本人は確信を持って画面を指差すが、システムを管理する側にとっては、静かな絶望を感じる瞬間でもある。
なぜなら、その強い言葉が、解決の糸口となるはずの対話を遮断してしまうから。
思い通りに動かない画面を前に、システムを疑いたくなる気持ちはよくわかる。
「バグだ」と断定して声を荒らげる時、そこには無意識の防衛本能が働いているのかもしれない。
「自分の操作ミスかもしれない」という可能性を認めることは、少なからず自尊心を傷つける。
だからこそ、原因を「システム」に転嫁することで、無意識に自分の正当性を守ろうとしてしまうのかもしれない。
これは、エラーに直面した瞬間に原因を確かめずに、電源を引き抜いてしまうような振舞いに近い。
「自分は正しく操作した。だから動かないのは機械のせいだ」という考えが自分の中で固まってしまうと、その後のコミュニケーションは一方的な主張に偏ってしまう。
不具合の原因を特定するには、何を入力し、どのような手順を踏んだかといった情報が必要だ。
けれども、すでに被害者として守りを固めている相手に対して、詳細な確認を行うのは簡単じゃない
「実際の操作手順を順番に教えてください」という当然の質問さえ、自分に対する攻撃として受け取られてしまうからだ。
結果として、エンジニアは断片的な情報だけを頼りに、手探りの対応を強いられる。
解決が少しでも遅れれば、相手の不満はさらに膨らみ、周囲を巻き込んで騒ぎは大きくなっていくかもしれない。
本来なら問題解決に使えたはずのリソースが、事態を収拾するために消費されてしまう。
画面の向こうでシステムを疑う人を、責めたいわけじゃない。
見慣れない操作に戸惑い、焦る気持ちはわかる。
だけど、システムを敵視する前に、一度だけ自分の操作を思い返してみてほしい。
「うまくいかない。どこか手順を間違えたかな」という、小さな振り返り。
わずかな歩み寄りが、システムと格闘する人間にとって、どれほどの救いになるだろうか。
大声でバグを告発するのではなく、静かに状況を共有する。
それだけで、絡まった問題の半分は、すでに解け始めていると思う。
💬最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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