研究メモ:心理学とオカルト
グダグダと管を巻く気もないのだが、とりあえず。
約100年前「心霊学/心霊科学」という学問分野があった。オカルトについても歴史に詳しい者なら、多少は知っているかもしれない。この分野は、オカルト・物理学・精神医学・心理学が綯交ぜ混然一体となった学問領域だった。
19世紀末から20世紀初頭にかけてのテレスコープ、テレグラフ、テレフォンという技術革新は、言うまでもなく、テレパシー、テレポートへと、ファンタジックな超能力、SF的な未来科学へと想像力をはためかせた。
さて、これらの背景の中で心理学はユングの名によって覚えられることが多くなる。ユング心理学の淵源は、遠くグノーシス主義に当たる。それゆえ、ユングの主張は基本的には実証不可能な仮説である。これを批判的に克服するものとして登場するのが、現代の標準モデルたる、行動心理学/発達心理学である。
そして、この現状への批判を行うのが、トランスパーソナル心理学だ。トランスパーソナル心理学については、斜に構えすぎて転倒しているように感じるのは、ぼくだけかもしれない。何にせよ、この心理学の流れを覚えておくとよい。
現在では、おそらくトランスパーソナル心理学に含まれる一部として理解されるものが、超心理学であろう。この超心理学について、あらましを知りたくて古本を買って一読した。宮城音弥『精神世界の謎に出会う本:死後、ひとの心は何処へ行くのか』である。彼については、wikiを参照されたい。
いわば大学院の大先輩にあたるが、宮城の主張はこれに尽きる。
私は、「超能力とか霊現象の実態」を問われた場合、「脳の働き」にあると書いた。……霊界ですれ、その国の宗教文化によって異なり、臨死体験者の見聞で「死後の世界」の存在を証明したと考えるのはあまりに軽率といわねばならない。繰り返しになるが、臨死体験は、心理学的にいえば、センボウ状態であり、一種の幻覚だと考えられよう。……私は「霊=願望の実現」として、本文中にいくつかの説明を加えている。「脳死」を人の死と認めることの是非やカルト宗教など、今後も精神の領域への世の中の関心はますます高まるだろう。
精神医学の大家である宮城、その長年の研究による結論は、超能力も霊能力も、基本的には、脳の働きであり、目に見えぬ人類未発見の能力である。標準的な科学モデルで説明不可能であるから、幽霊の実在よりは、人類の超能力(未解明のテレパシー)などを前提したほうがよい、という結論だった。
いうまでもなく、これが科学的検証の限界を示している。斯界の状況と宮城評価は専門家に譲るしかないが、少なくとも第一線で活躍してきた人の結論が、このようなものに落ち着いたことは、納得すると同時に拍子抜けした。
正直にいって、テレパシーなんかを認めるなら、別に、幽霊みとめてもよいのではないか。超能力的なものに還元して蓋然性を担保した理由を聞いてみたいものである。
この点、トランスパーソナル心理学それ自体がもつ認知の歪みがあるにせよ、以下の本のほうが、まだまっすぐに超心理学が対象とする「遠感」について論じる理路を持ち得るように思う。
読後、またメモを作成し、後進の学びの糧としたい。現役霊能者の諸氏には、ぼくの不勉強と愚痴蒙昧を示すだけのことであるが、ご容赦ご寛恕をいただきたい。

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