僕はゲイであることで悩んだことがない ── 単一の自己という神話への抵抗
僕はゲイであることで悩んだことがありません。
自分を恥じたり、否定したり、「本当の自分」を隠していることに罪悪感を覚えたり……。 そういった世の中に溢れる苦悩に対し、僕はどうしても共感を抱けませんでした。
世間には「ゲイなら葛藤するはずだ」「涙ながらに解放されるべきだ」というテンプレートがあります。しかし、僕の生存戦略はもっとドライで、機械的なものでした。
それは僕が特別に強靭な精神を持っているからでも、幸運にめぐまれているからでもありません。
ただ、自分という存在を社会に対してどのように配置し、どの程度の「ダメージ」を許容するかを、極めて論理的にコントロールしてきた結果に過ぎないのです 。
なぜ、僕は悩まなかったのか。その背景にある、冷徹な精神構造についてお話しします。
1. 武装を解く勇気よりも、武装し続ける知恵
僕は、どこへ行っても変わらない「たった一人の本当の自分」という概念を信じていません。僕にとって「本当の自分」とは単一の存在ではなく、コミュニティごとに使い分ける「キャラ」の集積です 。
対人関係とは、相手やコミュニティに応じて適切な「鎧の厚さ」を選択し、装着するプロセスそのものです。
それは自分という広大な領域のどこを切り取り、どの程度の防具を纏って対峙するか、という冷静な判断に基づいています。
新しい場に踏み出すとき、僕はまずガチガチに武装した初期状態で立ちます。 そこから相手の反応を見ながら、パーツを一つずつ外していく。 これが僕の「武装解除」のプロセスです。

もし、一部の武装を解いた瞬間に相手が偏見という矢を放ってきたとしても、傷つくのはその「露出させた一部分」に過ぎません。
その時、僕は「分かってもらえない」と嘆くのではなく、単に情報の更新を行います。「この相手には、これ以上の武装解除は不要だ」と。
ダメージの割合を常にコントロールし、剥き出しの自分を安易に晒さないこと。この多層的な自己構造こそが、僕が致命傷を避けるための、もっとも合理的で静かな知恵なのです。
2. 沈黙という名の「不可侵条約」
世間には「隠し事は不誠実だ」という、透明性を美徳とする信仰があります。特にセクシュアリティに関しては、すべてをさらけ出すことこそが誠実な関係の証明であるかのような、無神経な言説が幅を利かせている 。
しかし、僕はそうは思いません。
僕にとっての誠実さとは、自分を透明にすることではなく、その場に最適な「武装」を選択し、関係の均衡を維持することです。沈黙は裏切りではなく、完成された関係を守るための、きわめて理性的で静かな選択なのです。
ひとつ、僕にとって大切な記憶の話をさせてください。
大学時代の部活動で、寝食を共にし、共に限界まで追い込み合った仲間たち。 あの時間は、僕の人生において、もっとも鎧を薄くできた貴重な場所です。
しかし、僕は彼らに自分がゲイであることを伝えていませんし、今後も伝えるつもりはありません。
隠し事は不誠実でしょうか? しかし僕にとって、あの数年間は「男同士」という疑いようのない前提で成立し、その条件下で完璧に均衡が取れていた「完成された要塞」なのです。
今さらそこにセクシュアリティという異質な情報を投げ込むことは、堅牢な構造体の土台にヒビを入れるようなものです。 彼らなら受け入れてくれるかもしれませんが、「以前と全く同じ強度」でその場所が維持される保証はどこにもありません。

わずかでも関係の地盤が揺らぐくらいなら、僕は永遠に沈黙を選びます。
何も失わないために、僕は何も賭けない。それが、完成された記憶の形を守るための、僕なりの「不可侵条約」です。
3. 「ありのまま」という誘惑へのレジスタンス
「ありのままの自分を受け入れてほしい」という願いは、時に自分の平穏の鍵を他者に委ねるという危うさを含んでいます。
僕は、その鍵を誰にも渡さないことにしています。
僕にとって、本当の意味で鎧を脱ぎ捨て、深く息を吐けるのは「一人の時間」だけです。他者は、どれほど親密であっても、僕が管理していない反応を引き起こす「侵入者」になり得ます。その予測不可能性こそが、僕にとっての脅威なのです。
社会は「自分を統合せよ」「全てをさらけ出せ」と囁きますが、僕はその誘いには乗りません。

バラバラの自分を使い分け、ダメージを最小限に抑え、大切な場所は沈黙で守り抜く。そして、誰にも侵されない聖域を一人で維持し続ける。
この不器用で、けれど揺るぎない自律性こそが、僕が僕自身を愛し、平穏であり続けるための、もっとも信頼できる盾なのです。
もし、この静かな論理にどこか共感してくれる方がいたら。 あるいは、あなたもどこかで「鎧」を纏いながら戦っているのなら。
この記事の「スキ」を通じて、音のしない連帯を示してもらえると嬉しいです。
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