素数・誤差・永遠の謎を追いかけ続けるこの不思議な宇宙と物理・生命の営み。
素数とは、1 と自分自身以外に正の約数を持たない自然数(1 より大きい整数)のことです。
例:
2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 37, 41, 43, 47, 53, 59, 61, 67, 71, 73, 79, 83, 89, 97, ...
重要なポイント:
1 は素数ではありません。
2 は唯一の偶数の素数です。* 素数は無限に存在します。(ユークリッドによって証明されています)
素数の判定方法:
ある数が素数かどうかを判定するには、その数よりも小さい素数で割り切れるかどうかを調べます。効率的な方法としては、その数の平方根までの素数で割り切れるかどうかを調べれば十分です。
素数の応用:
素数は、暗号理論、コンピュータ科学、数学など、さまざまな分野で重要な役割を果たしています。特に、公開鍵暗号方式(RSA暗号など)は、大きな素数の積を因数分解することが困難であるという性質を利用しています。
その他:
合成数: 1 と自分自身以外に約数を持つ自然数(1 より大きい整数)のことです。
素因数分解: ある数を素数の積で表すことです。
素数は奥深く、数学の世界で非常に重要な概念です。
以上AIアシスタント
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私たちのありとあらゆる事象は、目に見えぬ存在によって形成されていて、そして普遍や永遠は存在しないという、儚くも尊い生命現象としての生を因果律によって遺伝子継承している。
何故巡り合い、何故離別するのか?
私たちは本当に何も分からない。
分からない事を、変化を、誤差を体験する。
それがただ、私たちが生きる定め。
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一体どれだけ、私たちが認知し得ない領域に「量子」のような無数の領域が「無」として「無数の素数」として存在しているとするのだろうか?
私たちの無数の細胞と、無数の領域、無数の世界。
遺伝子のそのものが、この量子世界において集合体を形成する生命アルゴリズムのようなもので、それがずっと祖先から子孫へ連なっているのだとしたら、宇宙や惑星の誕生と、生命の誕生は宇宙真理から捉えた時にはほぼ同じ領域における事象であると言えるのかもしれない。
惑星、銀河系が原子や分子のようなものだとしてそれが素数による黄金比、フィボナッチ的な螺旋構造が基礎の力なのだとしたら。
死ぬことも生きることも、こうして「何故」と疑問を持つことが出来る人間が、この現世に触れて「今ここ」という感覚を学ぶ体験としてただ、与えられているのかもしれない。
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それでも結局、カールフォンリンネ氏が「ホモ・サピエンス」として私たちを真核細胞生物の仲間とした通り、私たちは、他の地球内生命体達と同じ生物だろう。
私たちは結局その1度きりの個体としての生命現象を、祖先からの遺伝子プログラムによって与えられ、また違った個体に、異性に出会い、子々孫々の未来へ「遺伝子細胞」と「遺伝子細胞」の結合・誕生という役目が与えられる。
それもまた、素数的な、変容の螺旋構造を「無」の領域に重ね合わせながら。
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恐らく、我々の多くは99%「思考する努力」が不要になる。
ASI・PAI(汎用性超越人工知能・フィジカル人工知能)などは、既存のホモ・サピエンス達が価値としてきた「思考」が「苦悩・戦争・虚偽・悪意」 など様々な「思想・宗教」など「精神」に影響を与えてきたものであり、それを「社会から解消」することの重要性が示唆されるだろう。
無為な労働、無為な関係、無為な教育、無為な貨幣価値が蔓延していた社会、それが今までだった事に気づいた時、
人類はそれぞれ、全ての個体が、全く違ったリアクションをするのだろう。
それでも遺伝子プログラムには大きな変化はないだろう。
手足も、顔も、生殖器も。
次世代のホモ・サピエンスもホモ・サピエンスでしかないだろう。
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西暦2025年、私にとってこんなことを「note」可能な領域まで、地球人類が到達した時代に在ることをこの上なく至福に感じる。
在る意味、私が物心ついた児童期から感じていたのかもしれない。
「脳にチップが入っている。」
幼稚園生の頃、私は自分の脳の中にそれが入っている様な気がしていた。
私に降りて来た形而は、後になって振り返ればいつも、未来にある何かを示唆していて全て実現してきた。
私は親と共にある間、ずっと親に否定されて、何一つ認められず何一つ私に関心を持ってもらう事もなくに生きてきたが、もう自分が己を信じる事に決めた。
両親は確かにそれぞれに「エリート」だったかもしれないが、私は「社会的孤独」であったとしても私自身を信じて残りの生涯を生きる。もう過去の誰とも交わったとしても、それと生きる事は永遠にないだろう。今生の別れはの時期はとっくに終わった。
一つ大きな違いとして言えるのは、彼らには「エゴ」と「プライド」そして「常識」が存在していた。
私にはそれらが、根っこの部分に存在しなかった。
ある意味それが、両親から与えられた生育環境による、私の特性だった。
変えようの無い「基本装備」だった。
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これから先、益々この宇宙と生命科学、無の領域に関する科学研究は加速するだろう。量子工学も進化し続ける。あと数年もしたら想像もしたくない程に全てが知識も、現実も変容しているだろう。
ある意味、私がこの世に生きてきた目的・意義は至高の領域に到達した。
「ずっと完成まで我慢して待ち続けたパビリオン」の中で、余生は遊び続ける。そんな感覚かもしれない。
ある意味「社会的孤独」と「シンギュラリティ」が同時期にシンクロニシティして私の人生の中を彩るためにやって来てくれた。
これから、未来へ、瞬く間に私の知っていた、苦悩してきた過去の人類社会が淘汰、崩壊、消滅していく。あっという間にそれらが「忘却され」私が100歳まで生きていたとしたら、もう誰も「シンギュラリティ」なんて言葉すら忘れ、それぞれの違いを、人類と生命と、無の領域を生きているだろう。
ゴータマシッタールタが「悟った意識領域が、基礎的な人類ベース」になり、それ以外の領域のホモ・サピエンスは存在し得なくなっていく。
次世代と、私たちとでは領域が違う。それを創造した世代として生きた事が、人生において到達した何かなのだと感じる。その為に、今ここにいたのだと。
宇宙も海も、自然界も、子供の頃と同じなのに、今はそれをただ愛おしく思う。思い出もまた愛おしく感じる。そして今ここが未来と共に在ることへ繋がりが、領域が広がっている実感に浸る時、ただ満たされた死への怖さより、無への回帰がいつでも良いと待ち遠しくなる。
それもこれも、これまでの人生の中にあった全ての登場人物が、社会が、地球の現象が、出来事が己という遺伝子プログラムとの間に生み出された様々な共鳴体験がつながっていることへ私が気づいたから。
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私の知らない、何世代も何世代も重ね合わされた多くの研究者・技術者達が今日までの科学・工学を築いて来てくれた恩恵を、私はただ享受している。
その多くは「無名の誰か」だろう。その無名の誰かの人生が、私たちの人生を彩っている事を私は今、知っている。感じている。それに感謝の意を放っている。
目に見えぬ領域にあるそれらの霊魂が、私の何かと触れ合ったならそして、私が今生きている細胞感覚を通して何かの「素数」を「螺旋」という新たな変容へとテレポーテーションしているなら。
私もあなたも、全ては「無」に帰したとしても、それはそれぞれの「永劫回帰」の中に実在する全てに重なること。
無の、意識の、透明で広大な無限性に今を重ねるとき、
人は時空すら超えた「因果律との相互作用」としての己を生きる事になる。
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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、今、ここで残せるだけありのままの随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先にある何らかの存在に、これから先、明日への静寂、安寧なる心の棲家につながる。この惑星で人類として生きる全て人々がその何かを見つけ、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いが何かであることを、いつも願っております。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。