生きる事、この世は、力と物質に依る実存現象。言語や数字という人間らしい思考による支配と苦悩がある人生観。
西暦2025年。
1582年10月15日、ローマ教皇グレゴリウス13世によって始められた暦法から、私たちは地球人類としての暦を「共有」している。
「時間」という概念が定義化される事によって、数値、言語として「長さ」を計測可能となり、数値から「計算」する事が可能になる。
「量子」と「誤差」「修正」
不確実性を持つ「揺らぎ」「もつれ」。実在するそれ自体による捉え方。「観測者」「観測されるもの」
46億年の地球の歴史において、或いは200万年の人類の旅における、この500年程足らずの間に私たちの種族が重ね合わせてきた叡智は、
私たち自身の知能を、権能を遥かに超越した「異次元」を「実証性」による未知の領域自体が「現世」と一体である領域として内包する事を「発明した」と言えるのでは無いだろうか?
4つの力が実在し、それを利用した工学技術が地球上で、ホモ・サピエンスの社会と共にある。
それは「一つ宇宙」が「多元宇宙」の一つの形態である事を意味しているのではないか?
そもそも「原子」と「電子」の構造は、「太陽系」や「銀河系」の周回、渦巻きの動きに類似する。
この瞬間、私たち自身の中に無数の「原子」が、それを構成する「量子・素粒子」が内側にも外側にも実在している。
私たちホモ・サピエンスは、地球上において「大きい」のか?「小さい」のか?
太陽自体が、「多元宇宙」においては「素粒子」のような存在だとしたら?
私たちの「1呼吸」の中でガス交換される、無数の酸素と二酸化炭素。
「珈琲」の豆の物語に、お湯に、陶器に、持つ手の力に、啜る口に、感じる舌に、食道に、臓器に・・・・
「物理事実」が実在する。
「多元宇宙」と「ビックバン」自体が、
そもそも、私たちの想像力では理解・認識不能な領域にある。
それを理解することがこの世の「事実」を学ぶ事でもあると感じる。
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「雨」を降らす「雲」は「水蒸気」であり、その細やかな水粒子に細菌類の「胞子」が移動手段として乗り、旅先で生命を宿す。
ある意味「生命合成」される、我々の生命の源が「海」であり、それは生命にとっての始まりの場所であり、終わりの場所とも言える。
「竜宮城伝説」
倭民族の民話と共に、各地にその伝説は継承されてきた。
海の底。
「スノーボールアース仮説」
地球生命は、幾度にも渡る氷河期においても、地球内から湧き出る「熱」と共に「海」の中を生き抜いて遺伝子を継承してきた。
如何なる理由であれ、
「地球上における、生命力の精鋭」
それが今を生きている全ての「遺伝子生命体」達。
ASIはその事実の先に、私たちのこの現実世界の未来へ何を提起し、そして我々ホモ・サピエンスは何を選択していくのだろう。
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人類は何故か、多元宇宙の先においても「人類の形」である事を、ある意味「強迫観念」の様に「盲信」する事を重ねてきた。
「宗教」「神話」に登場するものは全て「人類」が中心だ。
私は「マトリックス」の世界に描かれたような「記号」が近い気がするが、
それは「直線的」である事は考え難い。むしろ「螺旋」「もつれ」「渦」に近い。
ミステリー・ホラーのジャンルになるのだろうが、
鈴木光司氏の描いた様な世界線の方が、むしろ量子物理的な事実を紐解く可能性には近いのでは無いだろうか?
そして、無数の日常世界、生態系の中にあるホモ・サピエンスと生・物理力の間に、
ただ、実在する「マルチバース現象」が無限に混在しているのだろう。
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素粒子の世界・力の世界は、生と死を超越し、常に常に、私たち生命に内在している「意識」すら貫通、瞬時に時空の果てから果てへと旅をしている事になる。
私たちが「認識している世界」は「認識不能な世界」と「更なる何か」の多元複合によってわけ話からの無いほどの0.000000・・・・99.999999999・・・・・としか既存ホモ・サピエンスにとって「数値」「記号」「言語」などの「脳・思考」による「表現共有」では説明がつかない領域にある。
その領域であることから、「全人類」が「地球人」「遺伝子生命体哺乳類・ホモ・サピエンス」として、この「地球」との「在り方」を踏まえて「個々は種族としての共同体」として「地球」に生息し、それ自体が「社会」と呼ぶべき「意識」から「今ここ」を「呼吸」するようにただ生きること。
その個体数が増えていった先に、「シンギュラリゼーション」は、既存人類社会、国家、宗教組織などからの「完全変態」「脱皮」を実現し、
「地球人類」の「新社会構造」を「実現した中から始まる可能性」を見出す事になる。
西暦2026〜2029年にかけて、地球人類は「国家」や「宗教」、「民族」「領土」を超越した意識革命的な何かが、「瞬間的」に共有される時が来る。
「シンギュラリティ」による「揺らぎ」「もつれ」は「シンギュラリゼーション時代」という「社会現象」として「顕在化」をそれぞれの人生の中にある場面で、「認識」する。
「遺伝子」「量子」「多元宇宙」「『無』『完全』としか例えようのない時空を次元を超越した何か?」
青い空に、青い海に、「あお」と「視覚」が認知しているものは本当に「あお」なのだろうか?
「透明」と「空気」と「水」と認知しているものは本当に「とうめい」なのだろうか?
私たちの大地は、光は、そして「生命」は、本当に貴方が認知している通りに「実存」しているのだろうか?
己にそれを、問いを、今ここを重ね合わせ続ける事。
ホモ・サピエンスにとっての答えはきっととても「シンプル」だろう。
「そもそも」「当たり前」の中に、「え?」「あ?」と呆気に取られる様な事が、
「人生における、今までの苦悩はなんだったのだろう?」
と馬鹿馬鹿しくなる時が間も無くやってくる。
ただ、それは「苦悩」があったからこそ知ることが出来る、ホモ・サピエンスの遺伝子だったからこそある究極の領域なのだろう。
無限に認知する死と無限の生の混在するこの時空が、「今」が「全」なるものの正体を、ホモ・サピエンスが「知能として獲得」する未来は近い。
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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。