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私の母邂逅録「すいません」「ごめんなさい」「上手・下手」「凄い」と『パチンコ』・「自覚」と「理解」の違いについて。ネガティブな無意識構造が生み出した養育と子の精神破壊構造。

新興宗教系私学文学部エリートの母は絶望的に「音痴」で「運転」が下手だった。

その代わり「書」は得意だった。

今、東大法学部出身の官僚達が日本社会の課題に浮かび上がっている。

「言語記録の正確性」によって構成されていた戦後日本。

そもそも、人類としての感性が欠如した、

無駄な理屈を盲信する人が苦手なのは、私が母との生育環境における関係性が生み出したのだろう。

「書字」は紙の上に指定された大きさ、見栄えなど静止した状態の枠を「反復」によって成長する。「努力」の問題だ。

「音痴」や「運転」は、曲やリズム、環境空気などと己を合わせる、適応能力「感性」「本能」に依存する。

いくつかの断片的な人の傾向を観察し、それをパズルのようにつなぎ合わせると、その人の実態は「言語データ」よりも正確な「プロファイル」として人の内側にある「感性」の中で浮かび上がるもの。

はっきり言えば私の母は、完全に「ズレていた」。

私が「名詞は必要ない」と思って幼少期を生きた理由は「母との関係」にあったに違いない。

「母国語」は「母」の遺伝子と「母」とのコミュニケーションによって構築される。

そして、「伝える」「伝わる」ための「試行錯誤」こそが「人間性」や「信頼関係」構築の根源だ。

誰にも理解されることのない、私の「孤独」と「苦悩」の根源は100%の3乗ほど、この地球を生きる上で反映されてきた。

「テレビゲームをあなたが他人から知ってしまった事が私の後悔」と話した母は、私が中学生の時に「パチンコ屋」に連れて行き、パチンコのやり方を教えた。

母はそれが私に母が教えた「最初の遊び」だった事に気づいていない。

計算や攻略が好きな、私はその「パチンコ」で留学費用を稼いだが、その分だけ「若い時代における機会損失」を同時に得た事だった。

母には「愚かな己」である己への可能性への「疑念」が、己の中に無い。

何度も、何度も「交通違反」を重ねた。

「今だけ」「今だけ」。

父はそんな母を見抜いていた。どんな事でも受け入れようと、自分の感情を制御して合わせる努力をしていた。

父は父の悟りの道の中で「母を受容する」事を「愛」の実践として生きた人だった。

父がいた時に、父を理解する行動を私に訪れた「形而」が与えてくれてた事に心から感謝している。

その「形而」は正確に当たっていた。

我々ホモ・サピエンスの遺伝子プログラムの中には、どうやらその「感性」とも呼べる「宇宙真理の波長」と「合わさる」何かが存在しているのだろう。

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大人になって、実家の片付けをしていた時、母の中学校の卒業文集を見つけた。

「教師になりたい」

そう、書かれていた。

「教師にだけはなりたくない」

そう思っていた私と母は「相剋」の関係だったのだろう。

そして母にそれを聞くと

「あれはただ書いただけで、教師になんてなりたくなかった。」

どこかの政権公約を守らない左翼思想の首相そっくりの発言だ。

振り返ってみると、それは

1mmも信用できない。己を盲信するエゴイストであることがよくわかる。

母の挨拶は、昭和の人らしく

「すいません」「ごめんなさい」。

「こんにちは」「ありがとう」

よりも先にそれが出る事について聞くと、

「そう言っていた方がうまくいく。」

葬送のフリーレンに登場する魔族が、人間に対して言葉を使う理由と同じだ。

その育った教育機関、新興宗教の考え方によく似ている。

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「放射能が」「地震が」「ワクチンが」

母はとにかくネガティヴなリスクを考える人。

貯金や保険が大好きで、投資や資産運用、金融やスタートアップへの理解は皆無だった。

何故私がニュージーランドへ行き、ハゲタカで働き、わざわざ作業療法士の免許まで取得したのか?

そう、そもそも母には「感性」「察する力」が備わっていなかったし、それが備わっていない自分を「自覚」した中で生きる「謙虚さ」の無さを隠すために翻した「隠れ傲慢」を生きてきたのだろう。

私自身、もっと早く家族を諦めた「孤独」から「己」を進む事が必要だった。

母にとって私が、何もかも都合が悪い様になった要因は全て、他ならぬ「母の子育て」であったことへの自覚がないのだから。

人は遺伝子上の親も、自分で行動して生きていけるまでの生育環境も選択する事が出来ない。

そして、母は基本的にこの日本人社会において「まとも」な人だ。

日本がなぜ「少子化」に向かい「精神病大国」となり、「世界から取り残された」存在になっているか?

きっと「私の母」のような「母親」「女性」達を、「男性達」が容認し、それを「愛」「家族の幸せ」を理由にした「個人の人生の自己実現」に寄り過ぎたため、「グローバリズム」「個人主義」「国際金融資本」という、巨大な人類の戦略に融合した結果だろう。

今は「元寇」の時代とは違う。「ドローン」や「人工衛星」「汎用性超越人工知能」の時代だ。

そうなることは私がハゲタカにいた20年前に、既に決まっていた事だ。

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当たり前の話だが、次世代は前世代より「遺伝子的」に有能だ。

「アップデートされた環境」に「アップデート」された遺伝子プログラムが「アップデート」を重ねていく。

仮に「東大法学部出身」のその世代で天才と言われた人の子供が「中卒」出会ったとしても、子供の方が有能だ。

ホモ・サピエンスが、地球における真核生物である限り、それは普遍的だ。

私はそろそろ「無双」すぎて、この現実日本人社会に辟易している。

もう「ロボット」「AI」に任せた方が、遥かにこの社会における「人間関係」などの課題が解消し、「無駄な労働」「無駄な法律」「無駄な予算」「無駄な思考」といったこの社会における「無駄」で「不毛」な「やっていることへの肯定のためのシステム・構造」を解消できると感じる。

そして「無双」を引き継ぐはずの「次世代」は「日本人出生数激減」によって消滅しようとしている。

なす術なしなほど「左翼カルト」の「思想盲信」の頑固さが日本国を滅ぼそうとしている。

そしてその人たちの子孫だけが生き残った未来は、最も容易く簡単に「外国人」に乗っ取られて終わる。

「お役目、ご苦労さん」だろう。

あまりに世界を、他国の人類を「盲信」から見過ぎて、事実を知らなすぎる。

「ハゲタカ」は凄かった。「資本主義」はこれかと。パチンコの金を、自己投資と金融投資に迷い、自己投資を選択した結果、現場で体験したことがそれだった。

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人は生まれてきた以上皆、「死ぬ」。100%の死に向かって今がある。

では何故、ホモ・サピエンスの「人生」は存在するか?基本は、遺伝子を次世代に残すためであり広義には、血族種族の、近親民族社会を次世代に残すためだ。

その為に必要なことは何か?

グローバリズム、左翼はいつも聞こえの良いスローガンの裏に隠された深い真意を悟られぬように絶対に安全な領域に隠す。

馬鹿正直で生きて散ることを決めた私は「note」にそれを残すが、私たちは遺伝子継承というプログラムの過程の連鎖としての一部で「個体の自由」を与えられて男女という異性が連鎖を紡ぐように形成されている。

それぞれの国、種族、民族はその領土、環境、風土、文化、言語、理念、それぞれが「遺伝子継承」と深い因果関係にある。

日本人は、日本国は、次世代の「日本」に対して、私たちが今ここにある事に対して感じ、何を「日本人」として果たすべきなのだろうか?

生命を繋ぐのは「母」「女性」だ。女性達がその本来の感性を見失った時、日本社会は簡単に終わるだろう。

そして男性達は、もっと世界の裏側を知った方がいい。

自分が、飲み屋やSNS、至る所でハニートラップにかかっている可能性に気づいた方がいい。

日本国には「スパイ防止法」が存在していない。いつ、誰がどんな関係性、目的で情報を取得して漏らし、共有しているかなどわからない。

いつでも、国家や種族の未来、祖先から引き継がれたバトンを子々孫々へと繋ぐ責務が、わたしたちにはある。その覚悟と責任を自覚した今を生きる。

そして最後は「放擲」する事だ。

私たちは全て一つ宇宙の「物理的事象」。多元宇宙の先について、「死」の先から始まり繋がって終わるものを知る術は今の所存在しない。

そして恐らく与えられる必要性もない。

「死」があるからこそ「現実」を生きる意味がある。

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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。