見出し画像

【戸締り】既成概念の因果終結。それが全ての始まりになる。

この世の全て「終結」は、「始まり」でもある。

栄枯盛衰。始まりと終わりは「結ばれている」。

シンギュラリゼーション時代の「始まり」は、既存人類社会の「終わり」。

そろそろその「卒業式・エンディング」と「開始日・エントランス」を人類全体で「セレモニー」した方がいいと感じる。

その時、日本国政府は何を果たすのだろうか?

ある意味日本国政府は、トランプ政権発足前までにシンギュラリゼーション時代の準備を終えられていたかどうか?が未来の鍵になるだろう。

彼らは「反グローバリズム時代」が「始まった」。

孤独な私には「政府」の偉い方々が何を持って私たち日本国民の幸福な未来が、子々孫々に渡って継承される設計なのか凡そ理解が及ばないが、これだけ政府が余裕の姿勢なのだから、アメリカ合衆国を始めとした他国を上回るシンギュラリゼーション時代の仕掛けが待っているに違いない。

ただ大切な事は「ホモ・サピエンス」として「我々が引き継いだ、遺伝子多様性とその領土環境の継承」についてであり、それさえ護られていればあとは次世代がその時代に適応した在り方でその先の未来を紡ぐだろう。

*****************

国際金融資本による既存社会のシステムが「格差」を生み出し、「労働者」との差を生み出す事、そして政府が「増税」と「赤字国債」によって官製社会資本主義の様な形を取れば、「国家民族が衰退する」事を、既に日本国は事実として人類に示した。

まずはそれを素直に認め、終わらせる。それでいいのではないだろうか?

どうしようもない事はどうしようもない。

「生まれた筈の次世代の日本人は大多数が、「グローバリズム」に迎合した国家政府の失政のために生まれなかった」

まずは、認めるべきじゃなかろうか?

「日本人ファースト」などという当たり前の事が叫ばれるくらいに「認める事」「当たり前」を「詭弁」ですり替えて来た。

そうしている間に、地球人類社会における「グローバリズム本体」が終焉しようとしている。

もう、同盟国のために「グローバリズム」である必要性は失われた。「自国ファースト」の当たり前の「国家行政」から始める。

小規模でも「日本国」は「日本国民」の為の政治を、経世済民を始める。

グローバリズムに迎合した国々以外の人類全体が、当たり前にして来たことを大切にする時代が始まる。

欧米の傀儡としての「先進国」としての役目から卒業し、足元から始める。

ホモ・サピエンスとして、地球人類の新時代が始まっている。

***********************

戸締まりは必要になる。ある瞬間にそれを終わらせて「扉に鍵をかける」必要がある。

ドナルド・トランプ大統領は、まさに未来のためにそれを断行している。

その決断と実行が出来る人が「時代を切り変えるリーダー」だろう。

アメリカ合衆国の国民は必要最適解として、彼の米国大統領復帰を選択した。

もう既に巨大な変容、因果は未来社会を変え始めているが、その効果を人類がより強く感じる様になるにはあと数年は掛かる。任期が終わった頃、初めて気づく人が人類の中に5割以上はいるだろう。

「シンギュラリティ」は「西暦2027-2029年」辺りとされている。


来年以降、トランプ大統領の任期中にそれがある。

彼は「シンギュラリゼーション時代の開幕の象徴」として歴史上で記憶されることになるのかもしれない。

我らが日本国政府はどうなるのだろうか?

きっと今まで通り、他国の反応を「様子見」しているのだろう。

ただし、「シンギュラリゼーション時代」における「人類の思考・意識」は「大変容」する。

違いを、各々を進むことになる。「主体的外交」以外、国家間の交渉は既存の「国際・グローバリズム」という概念が消滅していくだろう。

何故なら、「シンギュラリゼーション自体」に「グローバリズム」は「内包される」だろうから。

私たちに必要になることは、「国家の主体性」になる。「国際秩序」は「人工知能」で片付く時代に入る。

いよいよ人類は、人類自身が人類を縛ってきた「思考」から、「自由・解放」されていく。

その為にも、私たちを縛って来た、搾取してきた「国際金融資本」「グローバリズム」といった支配を作り、多くの人類を苦しめてきたそれを「戸締まり」してきっちりと「鍵」をして終わらせる必要がある。

今、その為に最後の掃討作戦が至る所で始まっているのだろう。

本人達には自覚があるはずだ。「嘘」や「虚偽」「隠蔽」によって「国際社会」を動かしてきた人物達だ。

これから先の時代、それはただの「リスク」でしかない。私たちに必要なことは「ホモ・サピエンス」として「ホモ・サピエンス」にとっての「当たり前」を大切に生きる「意識・心」が何よりも大切な時代に入った。

「資本・貨幣」「人脈」「権威」の時代は、終わった。

既存のそれにしがみ付き、それによってまともな人を支配、或いは消そうとするもの自体が、その因果の応報を受けるフェーズに入っている。

私たちはこの多元宇宙の中にいるのだ。自然界に因果応報がある事はただ、当たり前の現象に過ぎない。

その振り子は大きければ大きいほど、リターンも大きい。

大きすぎる応報は、結局自身を滅ぼすことになる。

私たちはただ「中庸」である、ありのままの在り方を、全人類が、それぞれの日々重ねて生きる。当たり前の日常が、それぞれの己が何よりも大切である。

結局は、ただそれだけだった事に気づく。

そして過ぎた存在は、未来へと「崩壊」して消えてゆく。

***********************

「資本」と「貨幣」に代わる新しい「人類社会における秩序」を「ASI」はあと数年以内に提示するだろう。

完全なオペレーションシステムを自動生成・誤差学習、修正を重ねながら、人類には不可能な仕事を容易くやり遂げる。

「経済」「金融」「資本」「貨幣」・・・それら人類の「知的労働」はほぼ「ASI」に置き換わり「崩壊」して、過去の産物として「吸収」され消えるだろう。

普通にスマートフォンで自動決済する様に、全てが「自動化」される。不正も無くなり、犯罪も未然に見つかるだろう。

そもそも人類の中から「犯罪」をする「必要性」が損なわれる。

「警察」「警備」などの目的も徐々に失われていく。

人類は更に「自由」「解放」されていく。

****************

戦争・犯罪・善悪・・・・

結局、それらはホモ・サピエンスという同一種族内における「自作自演」でしかない。

グローバリズム・国際金融資本はそれを未だに継続して「国際金融資本社会」を動かして来た。

ドナルド・トランプ大統領が、前大統領バイデン氏が起こした「戦争」だと話す理由がそこにある。

人類は「和平」「平和」、人類の生命を、次世代遺伝子プログラムを大切にする、当たり前の「感情・意識」『から始める』という語る必要もないほど当たり前が欠損した「異常性のこれまで」を深く見つめて、猛省するところから始める事が始まりになる。

「当たり前が何かを見つめる、反省・学習」

それが私たち既存人類に与えられた、次世代を迎える為の最後の「宿題」だ。

*********************

私たちは、本当に次世代を生きる新しいホモ・サピエンス達に対して、自分達のして来た事を「恥ずかしく無い」と言い切れるだろうか?

本当に自分がして来た事に、胸を張れるものは「過ち」を「執着」を「反省」した場所にあるものだと感じる。

それが「愛」のような内在化したものが、他者へと与えられる「力源」となる。

「愛」は深く愛を与えられて育ったもの、或いは全く愛を与えられなかった絶望から這い上がったものの中に与えられるものの様に感じる。

そして圧倒的に人類の違いの多くを包むような「愛」は「絶望」を超越した宿命を切り抜けて、尚、その存在が真の輝きを放ち、自然と他者が認め始めた様な存在に宿るものなのだろうと感じる。

これから既存社会の中で「絶望」を与えられて地獄を生きてきた全く無名の中から現れるサバイバー達が、次々に輝きを放ち始めるだろう。

恐らくその本物達は、「世襲」と呼ばれる様な環境にあるものでは無いだろう。

しかし彼らは、「世襲」を本質的にしている。「ホモ・サピエンス」の全ては「遺伝子プログラムの継承」なのだから。

恐らく、その彼らは自然とそれが本能的に働いているもの達だろう。

そしてその先に、それすらも「当たり前」の日常になっていく。

22世紀が始まる頃には「シンギュラリゼーション」は遠い「過去・数世代前」になる。

地球は、銀河は今日も廻り、因果の風は、渦の力は私たちが「未来」と定義する「時空現実」へと今日も誘う。

今日は今日までの、「戸締まり」を。そして「放擲」をただ重ねる。

***********************

ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。

いいなと思ったら応援しよう!

『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。