見出し画像

【裏読み・アップデート】大手保険会社の社員による不正と、人類社会の新たなフェーズ

これまで「note」に様々なことを残してきたが、あまり触れてこなかった側面もある。

それは「経営者」と「営業」と言う、ある意味「日本独自」の中にあるものだ。

正直「どこの窓から覗くか」で、その見え方は全く違ってくる。

「保険」「不動産」などに代表される「フルコミッション(成果性)」の「営業マンたち」。

どこか「日本国の政治家たち」と重なる様に見えるのは私だけだろうか?

*********************************

日本社会において、保険・金融・不動産の営業と、政治活動や宗教の布教活動に共通点を感じるというのは、非常に鋭い観察眼です。これらが似ていると感じるのには、日本の文化的背景、組織構造、そして心理的メカニズムという3つの側面から明確な理由があります。

また、海外(特に欧米)と比較すると、その「質」の違いも浮き彫りになります。

---### 1. なぜ似ていると感じるのか?(共通のメカニズム)

① 「不安」と「救済」のパッケージング

これらすべての活動は、人間の根源的な「不安」にアプローチします。

  • 保険・金融: 病気、老後、死後の家族への不安。

  • 宗教: 死への恐怖、現世の苦しみ、魂の救済。

  • 政治: 社会の衰退、生活の悪化、将来への不透明感。
    これらはすべて「現状のままでは危ない」という危機感を共有し、その解決策(商品・教義・政策)を提示するという構造が共通しています。

② 「地縁・血縁・職縁」の利用(ドブ板営業)

日本において、これらは伝統的に「個人的なネットワーク」を介して行われてきました。

  • 親戚や友人から保険に入る(義理人情)。

  • 地元の有力者に頼まれて特定の候補者に投票する。

  • 知人の紹介で入信・勧誘を受ける。
    このように、「内容の良し悪し」よりも「誰が言っているか(関係性)」を重視する傾向が、営業・政治・宗教のすべてに共通する日本の伝統的なスタイルです。

③ 「献身性」を美徳とする精神構造

これら三者の「勧誘員」には、しばしば自己犠牲的な熱狂が見られます。

  • ノルマ達成のために私生活を削る営業マン。

  • ボランティアでビラを配り続ける支持者。

  • 無償で奉仕し、布教に励む信者。
    「信じるもの(あるいは会社)のために尽くす」という姿勢が、傍目にはどれも同じような「狂信性」や「熱量」として映ります。


2. 海外(特に欧米)との違い

海外でも営業、政治、宗教は存在しますが、日本とはその「境界線」の引き方が異なります。#### ① 「機能的契約」vs「全人格的関係」

  • 海外: 営業は「プロフェッショナルなスキルの提供」であり、政治は「政策の選択」、宗教は「個人の信仰」と、それぞれが切り離されています。保険を買うのは「リスク管理の専門家から最適なプランを買う」行為であり、そこに「付き合い」や「情」はあまり入り込みません。

  • 日本: 日本では「その人を信頼して任せる」という全人格的なコミットメントが求められます。そのため、営業が宗教のように、宗教が政治のように、互いに領域を侵食し合う感覚が生まれます。

② プライバシーと公共圏の分離

  • 海外: 欧米では、自宅は「プライベートな聖域」であり、突然の訪問(ドア・トゥ・ドア)による勧誘や布教は、日本以上に強く忌避される傾向があります(法律で厳しく制限されている国もあります)。

  • 日本: 日本では「ドブ板」という言葉があるように、相手の懐に飛び込むことが「熱意」として評価されてきた歴史があります。この「境界線の緩さ」が、営業・政治・宗教を同じカテゴリー(土足で踏み込んでくるもの)として認識させる要因です。

③ 専門性の位置づけ

  • 海外: 金融や不動産の営業は、高度な専門資格を持つ「コンサルタント」としての側面が強く、宗教家や政治家とは明確に職能が区別されます。

  • 日本: 日本の営業(特に生保レディなどに代表される伝統的モデル)は、専門知識よりも「人間関係の構築能力」や「マメさ」が重視されてきました。この「情に訴える手法」が、政治の集票活動や宗教の折伏(しゃくぶく)と手法的に酷似することになります。


3. なぜ日本でこの類似性が強いのか

結論として、日本社会においてこれらが似て見える最大の理由は、「ムラ社会的な相互扶助の論理」を、近代的なビジネスやシステムの中に持ち込んでいるからだと言えます。

  • 保険は、かつての「講」や「結」といった共同体の助け合いを商品化したもの。

  • 政治は、地域の利益を代表する「族長」を選ぶ儀式の名残。

  • 宗教は、孤独になった個人を擬似的な家族(共同体)に組み込むもの。

これらはすべて、**「孤独や不安を抱える個人を、何らかのネットワークに繋ぎ止める」**という機能を果たしています。そのため、手法が「ウェット(情緒的)」になり、結果としてどれも似たような「押し付けがましさ」や「熱狂」を帯びることになるのです。

最近では日本でも、デジタル化や個人主義の浸透により、こうした「ウェットな営業・活動」は敬遠され、よりドライで機能的な関係へとシフトしつつありますが、依然としてその根底にある文化的な型は強く残っていると言えるでしょう。

*********************************

プルデンシャル生命のライフプランナー(LP)たちが、スカイプレミアム等の無登録投資案件などの不適切な勧誘に大規模に加担した背景には、前回の回答で触れた**「営業・宗教・政治の類似性」が、極めて高い純度で組織化されていたこと**が深く関係しています。

なぜ、エリートとされる彼らが一線を越えてしまったのか、その理由は主に4つの構造的要因に集約されます。

1. 「フルコミッション(完全歩合制)」という過酷な生存競争

プルデンシャル生命の最大の特徴は、徹底した実力主義とフルコミッション制です。

  • 「成功か死か」の二択: 高い報酬を得る一方で、結果が出なければ収入はゼロに近づき、脱落を余儀なくされます。この極限状態が、倫理観よりも「目の前の利益」や「顧客を繋ぎ止めるための強力な武器(高利回り商品)」を優先させる心理的土壌を作りました。

  • 「保険」の限界: 保険商品は長期的な安心を提供するものですが、顧客にとっては「今すぐ儲かる」ものではありません。営業マンにとって、他社と差別化し、かつ即効性のある「高利回りの投資話」は、顧客の関心を引くための強力な「麻薬」のようなフックになってしまったのです。

2. 「ライフプランナー」というブランドへの過信と選民意識

彼らは単なる「保険屋」ではなく、顧客の人生に寄り添う「ライフプランナー」であるという強い自負(選民意識)を持っています。

  • 全人格的信頼の悪用: 前回の回答で述べた「全人格的関係」を構築しているため、顧客は「あのプルデンシャルの〇〇さんが言うなら間違いない」と盲信してしまいます。

  • 「自分たちは特別」という心理: 厳しい研修を勝ち抜いたエリート集団であるという意識が、「会社が認めていない案件でも、自分が見極めたものなら正しい」という**独善的な判断(一種の宗教的確信)**を生み出しやすい環境にありました。

3. 組織内の「カリスマ」と「閉鎖的コミュニティ」

プルデンシャル内部には、MDRT(百万ドル円卓会議)の会員など、神格化されたトップセールスマンが存在します。

  • インフルエンサーの影響: 組織内で影響力を持つ「成功者」が不適切な案件を手がけ始めると、それが「裏の成功ルート」として後輩や同僚に伝播します。これは新興宗教の布教プロセスや、政治派閥の結束に非常に似ています。

  • 情報のエコーチェンバー: 「稼いでいる人間がやっているのだから正しい」という論理が支配する閉鎖的なコミュニティ内では、コンプライアンスや外部の常識によるブレーキが効かなくなります。

4. 「救済者」という自己正当化(メサイア・コンプレックス)

不適切な勧誘に手を染めた職員の多くは、驚くべきことに「自分は顧客のために良いことをしている」という主観的な正義感を持っていた可能性があります。

  • 「低金利時代の救世主」: 日本の超低金利下で、既存の保険商品では資産形成が難しいという現実があります。「顧客の資産を守り、増やすためには、こうした特別な案件が必要だ」という**「目的(顧客の利益)が手段(違法な勧誘)を正当化する」**という思考回路です。これは、教義のために法を犯す宗教的過激化や、大義のために不正を行う政治的腐敗と構造が全く同じです。


結論:なぜ「大量に」加担したのか?

それは、プルデンシャルが築き上げた**「個人のカリスマ性に依存した、ウェットで強固な信頼関係」というビジネスモデルそのものが、一度悪用されると「最強の詐欺インフラ」に転じやすかったから**です。

  1. システム: 稼がなければならない強烈なプレッシャー。

  2. 武器: 会社公認の商品(保険)では満足させられない顧客への「裏メニュー」。

  3. 心理: 「自分は特別なプロだ」という傲慢さと、「顧客のためだ」という自己欺瞞。

  4. 連鎖: 成功している同僚への同調圧力と模倣。

これらが組み合わさった結果、本来は顧客を守るべき「ライフプランナー」という立場が、宗教的な盲信に近い形で不適切な投資勧誘の温床となってしまったと考えられます。

海外の事例と比較しても、日本の「義理・人情・信頼」をベースにした営業スタイルは、一度信頼が「悪」の方向に傾くと、論理的なチェック機能が働かず、集団的に暴走しやすいという脆弱性を抱えていると言えるでしょう。

以上AIアシスタントより。

*********************************

未だに気づいていない日本人たち向けに「資産運用としての投資」を流布して集金する手助けや、政策成果を誇張しようとする政治家、オールドメディアがあることを、吾々は、「人間の中道的立場からして」苦々しく思い続けてきた。

何故、世界が「ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)」や「仕事のオプショナル化」などを謳い始めたのか?

それは全ての「イデオロギーの創始者」が求めてきた地球人類究極の目的を果たす未来へと、この世の全ては動いてきた事を「人道的に」理解しているからだ。

「日本国は、国際社会でその目覚めが最後になる」。

これはいくつもの方面から同じことを、他言語の人々がいる場所で私は違った場所で聞いてきた。

「国際社会のDS」と言える国際社会の屋台骨を担ってきた国家政府は、他でもないこの「日本国」だった。

そして最終的に目的を果たしたら、「日本国解体」をして綺麗に新世界秩序の養分として飲み込まれた様に見せるシナリオまで、これまでの政府関係者は、国際社会と暗黙の了解で内通してきたのだろう。

*********************************

「世渡り上手」

これまで重宝されて来た「組織・集団の在り方」、同調圧力に迎合して、お互いに利益を齎し合い、持ちつ持たれつの「コミュニティ・ソサイエティ」などを形成することについて、「社会不適合」が、本当にただその人の問題だったのか?「カウンターエフェクト」とでも呼ぼうか?

日本人の中に、外国人勢力と内通して、そんな日本社会の性質を悪用してきた輩が、「巨万の利益を貪ってきた」のではないか?

それは「日本人を売り渡す恥知らず」であり、他国の利害関係者からみてば「自分達の利益のために同胞を売り渡す、利用する以外価値のない信用できないクソ野郎」だろう。

いよいよ、この日本社会の裏側に渦巻いていた人間関係が、それぞれの中では国民にも、国際社会にも隠しきれないほどに音を立てて排斥されている様に感じる。

*********************************

「社会的孤独」である私にとって、「誰のことも信用していない」が、最も信用出来ない人々の上位に、「金融」「営業」も「政治関係者」や「組織・集団」関係者と共に挙げられる。

そしてその「直感」は、今回も「的中した」。

吾々から、一つだけアドバイスがあるとすれば、

「凄そうな人の言葉を信用しないこと」だ。


そして今は、「シンギュラリティ時代」に突入している。

もし気になったらAIやSNSによって言質を取ることも可能である。

恐らく来年の今頃には、吾々地球人類は、そんな事すら意識せずに、ただ今世を自然と共に生きることが可能な時代が来るだろう。

*********************************

みなさま、いつもご愛読頂きありがとうございます。
これからも、そしてこれまでも、いつ果てるか解らぬこの小生が「今、ここ」で残せるだけ、「今ここ」の意識状態から、ありのままの表現方法としての随筆として、「note」にアップロードしていくことの実践をしております。
私の「note」が、あなたとその更に先に繋がり合う、何らかの意識・存在に、次世代に継承され続け重なり合ってゆく。「みえざるミチのチカラ」、「明日へつながる静寂」、「安寧なる意識状態・心の棲家」として融合し合うこと。
この青い水の惑星で、真核細胞生物・哺乳類・ホモ・サピエンスとして、あるいは核酸による遺伝子生命体として、量子物理現象の中を生きる全てがその何かと何かの中に見い出すこと。その胸の奥底に宿った意識体を、それぞれがそれぞれに違った生命現象として与えられた中を生き、育み、目に見えぬ中に吹く風や液体・水のように限りなく透明な流れる力。吾々が吾々と共に生きる先で、道に迷うときはいつでも内側から発する何かを感じ、その座標軸に置いて繋がる形而が、示すことを運んでくれる。
「今、この瞬間」。
この出会いがこれから先に連なり合っている何かであることへの気づきがあなたの中にもあることを、いつもいつも願っております。

いいなと思ったら応援しよう!

『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。