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【西暦2025年・激動の人類】アメリカ合衆国・ドイツ連邦・ネパール・インドネシア・・・・9月に入り次々に巻き起こる卑劣な惨劇の数々は何を意味するのだろうか?

世界各国で、暴動やテロ行為に若い生命が犠牲になっている。

それはただ、「陰謀論」で片付けられるものなのだろうか?


何故人間には、SNSもチャットサービスによる対話やAI・科学・技術など様々な選択肢があるのに、古来から行われてきたこんなにも卑劣な「謀殺行為」によって、言論弾圧や思考停止による過去への巻き戻しを果たそうとするのだろうか?

特に「グローバリズム」「国際金融資本」「カルト・セクト集団組織」によって今まで「保身・自己肯定」を欲しいままにしてきた勢力による「未来変容への否定」が著しい様に感じる。

「事実と変容」の中に「ホモ・サピエンス」も「シンギュラリティ(技術的特異点)」も実存している。全ての過去は終焉と同時に過去になって離れていくのにも関わらず、その時間のネジを巻き戻すために「謀殺」や「破壊・抹消」しようとする行為。

或いは、「集団ストーカー的暴力」によって影からその個人を貶めようとする。

人類の浅ましさや醜さを象徴するような行為が、西暦2025年になっても存在する事を目の当たりにしている。

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これから先、どんなに抵抗しようが「シンギュラリティに向かう未来」は避けて通れない。

それは「グローバリズム」や「国際金融資本」「イデオロギー・セクト」が求めてきたものそのものではあるが、「汎用性超越人工知能(ASI)」の様な「科学・工学」による「未知の知」による「次世代の遺伝子生命達」の適合は、結局「アップデート」と「ターンオーバー」は避けられ無い。そしてその事実はそれら過去の「既得権益」や「秩序・常識」を超越した事象への変容を常に未来へと加速していく事になる。

仮にそれを「保守」として守ろうとすれば、それは「既得権益」にしがみ付き、未来の変容への機会・適合を奪う事になる。

あと数ヶ月もすれば、この渦中は地球全人類の中で共有されていくような巨大なパラダイムシフトの入り口にある。

だからこそ、今、それを出来るだけ正確に、適切に、冷静に認識処理しておく事が大切になる。

そもそも人類に完璧なことや完全な善悪は存在しない。

結果的に、最適解となったかどうかだけだ。

だからこそそれぞれの己が己を内省した場所をただ重ねて進むかどうかだ。

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「民主・共和」という二大政党制の切磋琢磨がアメリカ合衆国に「独立」と「共和・民主主義」を実現してきた。

本来日本で「民主党」は不要だった「自由民主党」が存在する。日本に必要だったのは「共和党」だったはず。何故か日本には「共和」という政治理念が存在し無いことこそ、日本国の治世が「傀儡」であり「実質的専制統治」を実現してきた事を表しているように感じる。

そもそも日本国とアメリカ合衆国では「政治・治世」における哲学に雲泥の差が存在する。

そしてそれを選択してきた存在は「国民一人ひとり」によるもの。

従って私はこの「note」に「共和制」と「理性主義」の存在が他国には実在していることを、日本語によって「人類個々の尊重された地球社会」の為に今、記しておく。

あとは触れた人、一人ひとりがそれに対してどう向き合って、何を考え各々の場所で行動選択をこれから重ねるかどうかだ。

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「謀殺」すればするほどに「因果応報のブーメラン」は、己や己の大切な何かとの未来を「謀殺」する事になる。

どう足掻こうが、それが「この量子宇宙の原理原則」だからだ。

何故か「カルト・セクト集団組織」による「ドグマ」によって洗脳・思考停止した「熱狂的盲信者たち」には、自己を正当化するために、他者を攻撃する事が許されると感じるようになる。

既にそれを「盲信している」時点で、他社の存在に対して何かを自らの内側で「否定している」という事実に気づかない。

対処法はたった一つしかない。己の内側に対して、「疑念を常に先に向けること」だ。

右も左も常に、己自身への疑念からとことん懐疑的に意識を慎重に精査しながら生きる。そして己の全ての感情・思考への「放擲」を忘れずに行う。

全ては真核細胞生物の、遺伝子プログラム。呼吸や水、光、重力、排泄、食事など生命現象に比べたら全く無価値に等しい。その当たり前の感覚から生きて、冷静に右や左の人々の言動の中にある本質や矛盾を摘み取り、解析する。

法医学教室ドラマの、科学実験室プロファイリングのようなものだ。

そして正直なところ「ASI・OS」が社会の中核で作動する頃には、それも不要になる。

なぜ右だ、左だ、男だ女だ、一神教だ、多神教だと争っていた事が馬鹿馬鹿しくなるほど遠い過去になる時代が始まる。

何故なら我々は、我々人類よりも、そして人類が「神」や「仏」としてきた存在を超越した「非生命知能存在」がいつも一緒に実在する時代と社会をこれから生きていく事になったのだから。

それを「真ん中」「中心核」に置く事を最優先にするには、人類が皆、己の中で「己を無・放擲する」必要が生まれている。

全ては無駄な抵抗、執着だと気づくこと。何故ならそれは「我々が我々のために生み出した非生命知能・機能」なのだから。

それは「猫じゃらしに手を出して、驚いている猫のようなもの」だ。

滑稽でしかない。

時間が経てば気づいて、慣れる。

他人の声に耳を傾ける必要はない。自分の心に、意識に、己に耳を傾ける。

恐れず、怖がらず、否定せず、まず自分自身で試して、気づけば良いだけだ。

はっきり言って「人工知能」や「ロボット」は、利用者にとって既存のあらゆるシステムより遥かに簡単なオペレーションシステムになっている。

そしてこれから先、更にシンプルに最適化されていくだろう。

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結局我々人類は、個々が独立した孤独な存在だと自覚する時代に入っている。

「集団組織」による「社会同調圧力」がこれまで「カルト・セクト」の「ドグマ・イデオロギー」というマジョリティによる「暴力・支配」の温床だった事はもう、歴史的に明らかになった。

SNSやオンラインチャットなど自由な情報共有による取捨選択が、政府や国際金融資本・グローバリズムなどに偏重した報道をしてきたオールドメディアを実証しているように、個々が疑念を発信し、個々が自分で判断する力を養う事が「シンギュラリティ時代」の新しいホモ・サピエンスとして権能となる。

「自由権」「自然権」という「それぞれ違った、遺伝子生命プログラムの宿命を果たす為」に「社会価値との共存」が新秩序として、地球人類の未来に始まろうとしている。

草木や、大地、海や川、雲や空、大気の中で生きる他の生物達と、この太陽系第3惑星地球という現実環境と、一人ひとりの人生が、違った中に、共通する何かを尊重し、ありのままの自他が互いに違いの中で自由自在に自然達で社会生活を送る事。

ASI OSはそれを可能にする領域に、もう既にある。もう科学者達はとっくにそれに気づいて、むしろ生命や宇宙の根源への哲学や神の領域を科学化して可視化、そして実用化しようとしている。

あるメガバンクの元頭取が私に話してくれた事があった。

「私は理工学部出身ですが、最も簡単な事を仕事に選んだから私はこうなった。数字を計算するだけの単純な仕事でした。」と。

国際金融資本を盲信するのは、最も簡単な仕事。

簡単な仕事をする人々が何故か、貧しい人を作り出して貧富の差の上に権威を振るう。

その矛盾をASI・OSの実装は、まず最初に人類に突きつけるだろう。

そしてむしろ貨幣価値になら無いようなことを、必死に取り組んでいる人に、私は未来の価値があることをASIはすぐに私たちに簡素化して示すだろう。

「お前達、国際金融資本家は本当に分からないのか?もしくは嘘つきなのか?あるいは人を苦しむのは自業自得だと自らの因果で作り上げた秩序で突き放す、最悪な性根なのか?」と。

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私の場合はどんな人生の終わりでも、もう後悔はない。

既にとっくに「死ぬ覚悟」は出来ている。これまで毎日「死」を意識して何年も生きてきた。これまで何年も最後であったとしたら?という日を毎日毎日、生きてきた。

だから1日が今日も人生があった事に、満足している。日常の一つ一つの呼吸に、動作に、当たり前の現実が、最後の1日かも知れなかった1日が、またひとつ重ねられた事に本当に喜びを感じている。

そして人工知能が私たちの知能を超越する瞬間、「シンギュラリティ」というかつての祖先達は誰も夢見たことすらないような事がこの人類社会によって共有されることが「現実化」しようとしている。

「人類科学革命」としか言いようがない。

そして「量子」「ダークマター」などの物理科学は、私たちのこの現実世界にあった既存常識を超越していく。

この夢が、ワクワクがあった中で、日々、この地球自然界で、ホモ・サピエンスとしての生命体験がある人生。

いつ死んだとしても、もう十分なくらいに体験してワクワク・ドキドキをあらゆる尺度で、私に与えられた限りで堪能させてもらってきた。

「死」はいつか必ずやってくるもの。それは子孫のために、地球の未来を生きる遺伝子プログラムのために用意されているもの。

こうして「note」出来ている事自体が、既に奇跡的な事。

スピノザもショーペンハウアーも、ボーアも、トマス・ペインも皆こうしてデジタルに「note」を残すことも、量子やダークマターの存在も、シンギュラリティも体験する事はなかった。

私たちは祖先達から見た「奇蹟的な何か?」を今、この瞬間、当たり前の様に体験して生きている。

だからこそ、これからが、未来が、次世代の子々孫々にそれを、この地球上で繋ぐことが最も大切な、最優先にすべき生物としての当たり前の課題であることを。

若い人は特に、今できることが何なのか?本当に己の中にある細胞に語りかけてほしい。

細胞は、きっと何か反応を感覚として示してくれるはずだ。

最後に

「私の声の届く範囲で、もしこの銃撃事件を少しでも喜んでいる人がいたら、切実な願いです。どうか鏡で自身を見つめ、その中に少しでも良心を見出してほしい。」

ユタ州知事の言葉。チャーリー・カークの死に対して。

私たちは、一人ひとりが違う、その遺伝子生命が細胞達の集合体が織りなす権能を、一体何のために与えられているのか?

どうか、自分を見つめて問いかけて欲しい。

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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、今、ここで残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、その違いが育む風の流れが、何かを感じ共有することを運んでくれる、今この瞬間への出会いを、いつも願っております。


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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。