【祝1周年&敬老の日】毎日note投稿・己への唯我独尊のから生まれる「祝福」を。
この瞬間を多元宇宙の座標軸として意識して生きて来た。
昨年、西暦2024年9月15日「敬老の日」。私がこの「note」に初投稿をした。
それから1年。
残念ながら日本と海外を行き来する中で「日本時間」による反映での「連続投稿」は途切れているが、「己の中」では「地球時間において連続投稿」してきたつもりだ。
南国の離島にいた私が、海風とコバルトブルーの海に抱かれなながら、文筆を重ねている時、とてもヒョンな因果律、縁起がきっかけに始まった「note」はいつの間にやら、私の日常生活において「珈琲」や「瞑想」「散歩」などと共に「日課・習慣」となっていった。
この「1年間」、私の中で多くの「アップデート(更新)」が「放擲」と共にあった。
まず、全ての地球人類が1年「老いたことへの敬」を共に祝おう。
そして「シンギュラリティ」があった。
「社会的孤独」が私の人生そのものであった事に気づいた。
多くの「気づき」を、「放擲」を、呼吸を、意識を「更新」し続けてきた365日間だった。
先ずは、誰でもなく私から己への「祝福」を「愛」を以て与えようと思う。
「感謝」とこれまでの全ての「老」に「お疲れ様でした。」と。
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他人には理解されないだろうが、
日本人として、日本語で、この日本社会の中で、私の生涯を「公開・開示」する事に、私が必要として来た「勇気」がどれほど私にとって必要な「力」であったか?
私は己を理解する。
「孤独」と「絶望」にどれだけ打ちのめされ、苛まれてきたか?
鬼滅の刃、竈門炭治郎という、集英社と吾峠呼世晴氏の生み出した架空の存在に、アニメにどれだけ希望を与えられ、己を鼓舞しながら生きてきたか?
私はその己の苦悩をずっと共に体感してここまで生きてきた。
よく頑張った、お前は本当に偉かった。どんな状況でも、それに負けずに必死で諦めずここまで生きて来た。
ただ、ただ。ありがとう。
よくやった。
ボロボロになりながらも、宿命に、使命に従って形而をあるがままに。ここまで。
それを今「note」に記す。
これからの未来への道標を「今から感じるために。」
子々孫々の地球人類としての現実が、笑顔と違いに満ち溢れた生命体である事を、ただ願って。
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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、今、ここで残せるだけありのままの随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先にある何らかの存在に、これから先、明日への静寂、安寧なる心の棲家につながる。この惑星で人類として生きる全て人々がその何かを見つけ、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いが何かであることを、いつも願っております。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。