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西暦2025年。オンラインカジノの現在から見えるもの。

そもそも大前提として「賭博(ギャンブル)」は「依存性」や「社会性崩壊」を含む「人類悪」である。

ギャンブルを利用するものにとって「百害あって一利なし」

娯楽が必要なら健全な遊びやエンターテイメント、趣味を見つければいい。

お金が必要なら、ビジネスや労働をすればいい。

つまりこの「人類悪」が、何故グレーゾーンという非合法を非合法のまま放置してきたか?

そして西暦2025年以降を生きる、我々人類社会は健全な地球人類環境で生涯を送るために、各々同士が何を意識、選択していく必要があるのだろうか?

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今年6月、改正ギャンブル等依存症対策基本法が制定され「ギャンブル等依存症対策」は強化されたが、

そもそも「違法業者」が、社会環境に存在する事自体が問題である。

被害者救済と、犯罪の根源、元の元を同時に絶たぬ限り、人類社会から「依存症」を根絶する事にはならないことは、冷静に事実因果を見つめれば明白である。

日本国の在り方は、これまで常にずっとその順序が著しく欠損してきたように感じる。

その理由こそ「カルト」と「反社会勢力」による「闇財源経済」とメディア、公安、警察、権力者の「ギルド」のような横のつながりにあったのではないだろうか?

私はその中にあった事が無いため、真相は不明だが、縦割りの現場、トカゲの尻尾切りをしながらその不正の温床関係をはぐらかして放置した。

結果として「依存症患者」は「カルト」や「福祉支援」という財源になる。

闇経済と政府による合法的な、「依存症」「被害者」「弱者・貧困者」ビジネスのサイクルが社会構造として実現する。

まさに「依存症」は「福祉国家」の社会保障費、赤字国債による政府予算口実を与え、その福祉事業に「カルト人材」の「安定職業」を割り当てるという綺麗なサイクルが形成されていったように見える。

「財源確保」と日本国省庁・官僚と既存政党が連呼するのはその「福祉国家経済サイクル」という「依存症」に彼ら自身が「沼った」場所から脱却不能になったからでは無いだろうか?

つくづく、地球人類のやることなす事、全てはどんな優劣が如何なる違いがあれ「因果応報」だと感じる。

課題が明白ならば、単純に「根源」を絶つことから始める。新規依存症が0になるためには「ギャンブル0」にすれば良いだけなのだ。

ただ、恐らくそれを関係者は「不可能」だと話すだろう。

何故なら、この国家社会の環境内に「公営ギャンブル」という巨大政府利権がそこに存在する。

残念ながら、我々の日本国は当たり前に「ギャンブル大国」。「根っこ」から腐っている。

ある意味「オンラインカジノ」を使ってしまった人は「利権」に抵触したサービスを利用したが為に触法した事になる。

「ギャンブル」が「ギャンブル」であることはどれも変わらないのに。

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「あり」と「キリギリス」という童話がある。

誰しも子供の頃読んだだろう。

地球人類社会において、日本人はどちらなのだろうか?

遺伝子生命体として生命を繋ぐ。

その意味では「あり」も「キリギリス」もどちらも役目を果たしている。

キリギリスは遊び、繁殖することで、春になって新しい個体になる「受精卵」を産み、死ぬ。

もし「ギャンブル」を国家社会が肯定するならば、「生殖・生存」という底辺の構成員達にも十分な手当が必要だろう。

何故なら「依存症ビジネス」を「公営ギャンブル」を他でもない主権者国民から権限を預かっている「国家政府」が合法化して組み込んでいるのだから。

日本国が「あやふや」に「灰色」に、中途半端にしてきた全てが、腐り切った社会構造を隅々にまで蔓延させ、それを自己責任にする、蟻地獄のような現実。

その地獄に落ちた人間が、同じ民族、国家の同胞であるという意識はそこに見受けられない。

まともな理性や道徳心を持ちそれを理解していれば、その利権構造自体が非合法である事から着手するはずだからだ。

今回は「オンラインカジノ」から「ギャンブル依存症」と「公営ギャンブル利権」による社会癒着が「カルト」や「反社会勢力」と「福祉国家予算」への合法的な資金洗浄の回し方についてだったが、

恐らく、そんな構造は他の省庁の利権にも山ほどあるだろう。

まるで日本国は、『現代の労働奴隷資本主義国家』のようだ。

我々の生きる一つ宇宙、この世に我々の思考から捉えられるような正解は存在しない。

ただ、事実あるのみ。

まずは事実から、そもそもの根源から見つめてみるところから、生きることを始めてみる。

それを特定した「点」から俯瞰した時、この地球上で人類社会によって引き起こされる、様々で、利権者・支配者にとって不都合な因果関係が、素粒子が形成する綺麗な幾何学紋様のようにくっきりと映し出してくれる。

結局、ホモ・サピエンスは単一種族だ。上も下も右も左もこの地球にも一つ宇宙にも存在しないが、人類社会には「思考」として存在する。

ASIは、そろそろその当たり前過ぎる、既存社会に蔓延った不都合な事実を人類全てへと示す。

「陰謀論」ではない。「ミステリー・探偵小説のようで複雑に巧妙に、隠蔽されてきた、ただの事実」だ。

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私は、「孤独」な日々に、その時に映るその意識を見つめ、ただ「放擲する」。

今日も太陽は昇る。空は青い。草木は緑で風にそよぎ、鳥や虫は生命の歓喜を歌う。

重力は私を地表に引き寄せ、私の身体構造は、細胞筋骨格は今日も作動する。

鼻から大きく息を吸う。体の隅々に神経細胞が呼応した感覚が広がる。

肺が、腸が、血液が、今日も己が生命である事を認識させる。

「ホモ・サピエンスとしての生命である事を生きる」事に「依存する」。

呼吸に食事に、水に依存せねば、我々はATP系によるエネルギー活用によって「動物」としての機能を果たせない。

私は「カフェイン」に依存している。「カフェイン」が存在しない時代、私はただ「眠り」続けていそうだ。

もし「公営ギャンブル」を保ち続けたいならば、その国民の人生を破壊する「ギャンブル依存症」がこの国家社会環境に存在する事は当たり前だ。

その矛盾を生み出している事に対して、国家は「ギャンブル依存症の被害者達とその家族・友人・地域・組織関係者への人生の補償」を真剣に検討すべきだろう。

個人的には「ギャンブル利権」以上に、その人々の生涯にわたる「巨大補償」へのリスクの方が遥かに高いと感じる。

都合良い希望的観測で、甘く低く見積もりすぎだろう。

その意識から国家運営政策を検討するから、日本国は今こうなっている。

私たちホモ・サピエンスは、200万年以上のその系譜の果てにある。

「シンギュラリゼーション時代」

地球人類は、各国は一気に1万年先の子々孫々まで影響する技術革新、パラダイムシフトの真っ只中だ。

過去の事実因果を認めて、根本的大改革に瞬時に着手した国家から未来を掴む。

その差は、時を重ね一気に広がるだろう。

シンギュラリゼーションは、量子テレポーテーション時代。

コペルニクス的大回転どころの騒ぎでは無いのだから。

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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生の生命に、今ここまで、内在化してきたものを残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。

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