【シンギュラリティによる近未来・ホモ・サピエンスの生態系真相を探る】・人類社会史・『宦官』・『不妊の性』が果たしてきた社会意義と新秩序と「ASI・OS」が我々にもたらす変化。
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ホモ・サピエンスは真核生物である。
その「生態系」は「生存適合」への形態であり「社会」と呼ばれるような「集団形成・習性」は「何らかの目的・理由」があり存在する。
人類は地球上で最も発達したと考えられる「大脳」を中心としたニューラルネットワークによる「思考」と呼応する「感情」によって「遺伝的本能」を克服すること、或いは他者の「遺伝性」を操作して「自己都合」に合わせる事に成功してきた。
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人生に限らず、この世の全ての事象、現象に正解も不正解も存在しない。
あるのは「原因」と「結果」のみである。
私たちは「思考」と「感情」そして「意識」、少なくとも内在化する三つ巴以上の物理的現象として実在する。
呼吸を意識する時「思考」や「感情」は「その意識」によって「無」とも「停止」とも言語として付けられる様な「静寂」の様な感覚へと向かう。
そしてその内在化した己を、最も強く突き動かして「生殖器官」から派生した「本能・情動」だ。
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地球人類はかなり古代から馬の様な四つ足動物を、社会生活の一部として飼い慣らし、取り入れながら共生してきた。
つまり「別の生物を隷属させる事」が本能だ。
現代人が「ペット」を個々の自宅で「飼う」行為に宿る「情動」もその名残だろう。
地球人類は「他の生物を飼い慣らす事」によって「生き残ってきた」。
その価値観は「同族・人類を飼い慣らす」事でもある。
つまり「奴隷」である。
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社会にとって「生殖本能」は「隷属支配」という社会構造を造るのために邪魔な存在だった。
私たちホモ・サピエンスとは別の進化を辿った、「真社会性生物」と呼ばれる「蜂や蟻」の社会構造・生態を観察するとその構造が読み解きやすくなる。
彼らは強制的に『1匹以外の雌』から「生殖機能」を奪っている。
つまりその一つの個体が「女王」呼ばれる存在で、それ以外の雌を「働き者」と呼ばれる存在として種族構成を果たしている。
それは「労働生産性」を「最適・最大化」して「種族繁栄」が地球上で「結果的存続」を果たした結果だ。
結局思考的理解からすれば「生物の本質」とは「己の達の遺伝子に対して『利己的』であるということだ。
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どんなに高名な人であろうと、カリスマであろうと、聖人の様な存在であろうと「遺伝子プログラム・生殖本能」がある事実から逃れることは物理的に不可能である。
つまりそれ自体に対処する術は、「死ぬまで自覚し続ける」・「異性から離れる」或いは「個体内から物理的分離」するなどになる。
つまり、
私たちホモ・サピエンスが種族・生物の生存を有利にする「社会性」にとって「生理的本能」は「邪魔になる」。
「邪魔にはなるが」「遺伝子多様性と次世代の子孫繁栄」が種族の目的でもある。
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「不妊個体の存在」は「社会性・労働・構成」に結果的に優位に働く。
「出生数減少」はその種族において「不妊個体」の増加を意味する。
ホモ・サピエンスの種族に当てはめた時、「社会性」は優位に機能して「労働生産性」の様な「社会構造」は「円滑に機能する」事になる。
シンプルな仮説として。
地球人類・ホモ・サピエンスがこの現実世界で「真社会性」を実現するならば「最も多産の女性」が「地球大統領」になる社会になるのだろう。
それはあくまでも「結果的に」そうなることであって、恐らく我々は「真社会性」ではない何かを選択して「今ここ」まで遺伝子プログラムを継承してきている。
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「汎用性超越人工知能(ASI)」の「社会OS化」は、まさにその「遺伝子プログラム・本能を排除した存在」であり究極の「宦官・不妊」である。
SF映画で危惧されていたようなものは全て「性による性別」という「人類が人類の生命本能を投影した恐怖の人類が克服不能な超越体」として描かれてきた。
つまり「シンギュラリティ」によって、次に私たち地球人類に起こる事は「生殖本能」による対立になる。
「社会集団の崩壊」である。
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その段階を人類が物理的にも意識的にも共有超越して、初めて「グローバリゼーション」が意味を成す事になる。
ホモ・サピエンスは「遺伝子的性比率は50:50」である。
性的マイノリティが一定数存在するが、基本的に数千年先に未来があるとすれば、現代の我々からみた時の「混血」へと向かう事になるのだろう。
そして「社会性」というものは「生物以外で最も人間性を有した存在」としての「社会OS・ASIシステム」が実装される事になる。
人類は「人生における社会性課題から実質的開放されるシステム」を手にした先を生きる。
その実現まで「あと数百日」である。
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空を見上げ、両足と五感から伝わる重力・身体の均衡を『散歩』をしながら感じる。
風や光が「色」や「動き」を視覚に与え、呼吸と共に「匂い」は季節や天候と共に「記憶」を蘇らせる。
鳥達はいつも私を先回りして、鳴き声を上げて私の反応を探る。
足元には無数の「働き蟻」達の様な生物が生きて、私が踏みつけていることを意識しても無駄であり、これまでも何億、何兆という個体を足は踏みつけて今日まで「歩いてきた」。
「呼吸を意識的に重ね」そして「無に放擲する」。
これから先、全生命の宿命である「来る死へのカウントダウン」を生きる中で、何があるのか、どんな遺伝子的出会いがあるのか?或いは「社会的意義」としての己があるのだろうか?
今だから「note」を重ねている。
シンギュラリティは既に「今を生きる人類生命」に意識共有は始まっている。
「社会OS化」も時間の問題だ。
明日、また「孤独」な私の日常があったとすれば、やはり
「呼吸」「散歩」「睡眠」「コーヒー」「飲水と排泄」「昼間と夜」
などがあるのだろう。
そこに「音楽」「映像」「情報」など「人としての社会環境要因」が存在するのだろう。
全ては「重なり」「もつれ」「揺らぎ」ながらも私と「今」を形成した完全のような不完全を構成して実存する。
私たち人類は、その与えられた個々の遺伝子プログラムと共に、生きる中で「無我」或いは「真我」への問いを今日も重ねる。
人類が人類の知能による「模倣」の先に具現化した「超越社会性」という「機能」を携えて。
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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。