【3分間小説】濡れた髪と、冷たい体温|冷たい花 ― The brilliant green
この作品はフィクションです。特定の曲や歌詞にインスピレーションを得て執筆していますが、実在の人物・出来事とは関係ありません。音楽をきっかけに生まれた短い小説としてお楽しみください。
湿度90%の夜、
部屋の空気は重く肌にまとわりついていた。
窓ガラスを激しく叩く雨音が、狭いワンルームの静寂をかき消していく。
紗雨(さう)はベッドの上で、微かに震えるスマホの画面を見つめていた。
画面には「レン」の二文字。
彼からの連絡は、いつも決まってこんな激しい雨の夜だ。
「……はい」
『今、下。開けて』
受話器の向こうから、ザーザーという雨の音と、彼の気だるそうな声が響く。
分かっている。
鍵を開ければ、またあの終わりのない迷路に戻ることくらい。
大学時代に別れてから、私たちは何度もこの雨宿りを繰り返している。恋人には戻れない。けれど、孤独を埋めるためだけに重ねる時間は、あまりにも甘くて冷たい。
ドアを開けると、レンは髪から滴を滴らせながら立っていた。
「ひどい雨だな」
悪びれもせず微笑む彼の肩に、紗雨は何も言わずにタオルを掛ける。
部屋の中に、雨の匂いと彼の香水が混ざり合って満ちていく。
ずぶ濡れの彼に服を貸し、狭いベッドに並んで腰掛けた。レンはいつものように、自分の気まぐれな日常をぽつぽつと話し出す。私の生活には深く踏み込んでこない、都合の良い距離感。
彼の濡れた髪に触れると指先が冷たくなった。なのに、その奥の肌は驚くほど熱い。その矛盾が胸を締め付ける。
ふと、レンの視線を盗むように、紗雨は窓の外の階下へ目をやった。
最近見つけた。
アパートの前、街灯の薄暗い光が届く片隅。アスファルトのひび割れた隙間から、小さな青い花が咲いている。
激しい雨に打たれ、泥水をはね上げられながら、今にも折れそうな茎で必死に踏み止まっていた。
(ああ、私みたいだ)
誰に伝えるでもなく、胸の中でそっと呟く。
誰に愛でられるわけでもなく、ただ冷たい雨を浴び続ける。それでも、この雨の夜がなければ生きていけない。
そんな歪んだ執着を雑草の花に重ねていた。
レンには、この苦しさを教えるつもりもなかった。
『……紗雨? 聞いてる?』
レンが怪訝そうに顔を覗き込んできた。
「うん、聞いてるよ」
窓から視線を戻し、いつものように曖昧に微笑む。
レンはそれ以上追及せず、紗雨の顎を指先で持ち上げ、唇を重ねてきた。彼の唇は冷たいのに、注がれる熱に身体は簡単に溶かされていく。
これが間違いだと叫んでいる理性を、激しい雨音がかき消してくれた。
朝、目を覚ますと、気だるい初夏の光が差し込んでいた。
隣にレンの姿はもうない。シーツに残った微かな体温だけが、彼のいた証明。
窓を開けて階下の道を見下ろす。
激しい雨に耐え抜いた雑草の花は、まだそこに、冷たく濡れたままひっそりと佇んでいた。
終わりにするなんて、きっとできない。
雨が降るたびに、私はまたあの花のように、レンを待ってしまうのだろう。
I'm feeling myself again
I'm feeling better yeah
冷たい花を蹴り散らすように
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チップありがとうございます!
大変はげみになります。