【3分間小説】右手にジョッキ、胸に希望、ポケットには胃薬|闘え!サラリーマン ― ケツメイシ
この作品はフィクションです。特定の曲や歌詞にインスピレーションを得て執筆していますが、実在の人物・出来事とは関係ありません。音楽をきっかけに生まれた短い小説としてお楽しみください。
「高橋くんさぁ〜」
月曜日の朝。課長に呼ばれた時点で嫌な予感しかしなかった。こういう時の予感はだいたい当たる。
「新人の教育係、お願いできる?」
当たった。しかも”お願い”ではない、決定事項だ。
課長は人の良さそうな笑顔を浮かべているが、その顔の裏にあるのは明らかに"面倒ごとの押し付け"である。
「いや〜〜〜今の若い子は難しいからな〜〜〜はっはっはー!」
いや、それを管理するのが管理職でしょうよ。喉元まで出かかった言葉をコーヒーと一緒に飲み込んだ。
新人の佐藤は23歳。誰にでも挨拶はするから、悪いやつではなさそう。
ただ、価値観が遠い。月と地球くらい遠い。いや、もっとだ。
彼は宇宙人だ。
「この資料、ここの書き方はこうだよ。」
そう指摘したら
「なんでですか?」
と返ってきた。
「商慣習上、そうだから。」
「それ、必要あります?」
「……」
何度説明しても毎度こうだ。何も言う気になれなくなる。
とある日の午後。取引先へのメールを確認する。
件名:【確認】
本文:了解しました。対応します。
終わり。
おいおいおいおいおいおい。「終わり」じゃないよ。いや、終わってんな。いや、終わりの始まりか?いやいや、そんなこと言ってる場合じゃない。
「佐藤くん!?今のメール送信取り消しできる!?ってもう無理か。何やってんのさぁ〜〜!」
「何がですか?事実は伝わりますよね?」
「あのねぇ・・・・はぁ。もういいから、謝罪のメールすぐ作って!送る前に俺も見るから。」
「なんで僕が謝らなきゃいけないんですか?」
「・・・!!」
30分後。取引先から電話。
俺が謝った。
佐藤は無傷。
その日の夜、課長からメッセージが届く。
「お疲れ!今日の件、聞いたぞ。対応ありがとうな!奢ってやるよ!」
断りたかった。だが断れなかった。
気づけば居酒屋にいる。もちろん課長と二人だ。
佐藤はいない。
一応誘ったらしいが、彼はこう言ったそうだ。
「それ残業代出ますか?」
はぁ〜〜〜強い。メンタルが鋼鉄。
課長はビールを飲みながら言う。
「橋渡し役も大変だろ?」
俺は枝豆を噛みながら思った。
お前が言うな。
翌朝、若干の二日酔い。若干じゃないかもしれない。
俺は決意した。ちゃんと伝えよう。教育係なんだから。
「佐藤くん」
「はい」
「報告と相談だけはちゃんとしてくれ」
「わかりました」
即答だった。
俺は少し感動した。やればできるじゃないか。
そう思った瞬間だった。
「ちなみに昨日の指導内容って録音してるんですけど」
「ん?」
「コンプラ確認用です」
俺は固まった。
「録音?」
「はい」
「全部?」
「全部です」
俺の脳内で警報が鳴る。
その時ちょうど課長が通りかかった。助けを求めて視線を送る。
課長は目を逸らした。そしてそのままトイレへ消えた。
逃げた。あの人、逃げた。
帰り道、コンビニでビールを買った。ついでに胃薬も買った。最近、高頻度で胃薬に世話になっている気がする。
夜風が少し気持ちいい。スマホが震えた。
佐藤からチャットだ。
「高橋さん、相談があります」
お。相談か?
少しは頼ってくれるようになったのか。嬉しいじゃないか。
俺はメッセージを開いた。
「有給って最短いつから全部消化できますか?」
空を仰いだ。
あ、オリオン座が見える。綺麗だなぁ。
深いため息が出た。
明日も会社へ行こう。
とりあえず胃薬は、もう一箱買っておこうと思う。
頑張れ オレ
不条理笑って飲み込め
あえて言おう
「会社はオレ達が支えてんだ!」
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