【3分間小説】一番近くにあった、一番遠い特等席|この夜を止めてよ ― JUJU
この作品はフィクションです。特定の曲や歌詞にインスピレーションを得て執筆していますが、実在の人物・出来事とは関係ありません。音楽をきっかけに生まれた短い小説としてお楽しみください。
20歳で出会ってから、今年でちょうど10年になる。 私たちは周りから「熟年夫婦」だの「性別を超えた親友」だのと言われてきた。
互いの恋人の愚痴を言い合い、フラれた夜には朝まで飲み明かす。お互いに交際相手がいた時期はもちろんあったけれど、奇妙なことに、二人同時に恋人がいた期間は一度もなかった。
「家族みたいなもんじゃん」
彼は笑ってそう言っていたし、私も「それ以上でも以下でもない」という顔で頷いていた。 だけど本当は、私だけがひっそりと想い続けていた。
親友という安全な肩書を守ることで、彼を失いたくなかっただけ。彼の中に「一番居心地がいい女」として残り続けるために、自分の恋心に固い蓋をし続けていただけだった。
10年目の秋、仕事帰りにふらりと入った居酒屋。 いつも通りハイボールを頼み、他愛もない雑談をしていた時、彼が急にグラスを置いた。
「俺、結婚することになった」
一瞬、思考が真っ白になった。 胸の奥を鋭い刃物でえぐられたような、冷たい痛みが走る。
「えっ!嘘でしょ!?おーーーめでとう!!」
声が裏返ったのを誤魔化すように、思わず大きな声で拍手してみせた。心臓がうるさいくらい打ち鳴らされているのを隠すために、冷えたハイボールを勢いよく流し込む。喉がやけるように熱かった。

「え、私が最初の報告?めっちゃ嬉しいんだけど!さすがファミリー!」
「お前が喜んでくれてよかったよ」
彼はどこかホッとしたような、でも少し複雑な顔で微笑んだ。お酒のペースが上がる私を、彼は何も言わずに見つめていた。
お店を出て、駅へ向かう夜道。
肌寒い風が首元を吹き抜ける。 改札の手前で立ち止まり、「じゃあね、本当におめでとう」と笑顔で手を振ろうとした、その時だった。
「……プロポーズする前さ」
彼が急にトーンを落として言った。
「結婚する時、お前と彼女、どっちと結婚するか考えたんだよ」
夜の静寂の中に、彼の声だけがやけにクリアに響いた。
(なんで……)
なんで今、そんなことを言うの。
なんで私を選ばなかったの。
私がどれだけあんたを好きだったか、本当は気づいていたんじゃないの。

喉の奥まで込み上げてきた叫びを、必死で呑み込んだ。
ここで「じゃあ私にしてよ」なんて言ったら、10年間守ってきたこの関係も、私の努力も、全部壊れてしまう。
「ははっ、何言ってんのー!酔っ払いすぎでしょ!」
努めて明るく笑い飛ばした。だけど、どうしても彼の顔を見ることができなかった。涙を見られたくなかった。
「じゃあね、お幸せに」
背中を向けて、一度も振り返らずに改札を抜けた。
──あの夜が、彼と会った最後になった。
メッセージのやり取りもいつの間にか途絶え、 SNSで挙式の様子を確認した。

あれから数年が経ち、私は今も独身のまま。
あの居酒屋に行くと、あの秋の夜の冷たい空気と、ハイボールの苦味が蘇る。
もしもあの夜、笑って誤魔化さずに彼の袖を掴んでいたら。
「私を選んで」と、泣いて引き留めていたら、何か変わっていたのだろうか。
それとも、あの優しさは、ただの残酷な冗談だったのだろうか。
答えなんて、もう探さない。私はまだ、歩いている途中だから。
「愛してる」っていう あなたの言葉は
「さよなら」よりも哀しい
これ以上 何も言わなくていい だから この夜を止めてよ
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チップありがとうございます!
大変はげみになります。