【3分間小説】立ち止まる理由|帰ろう ― 藤井風
この作品はフィクションです。特定の曲や歌詞にインスピレーションを得て執筆していますが、実在の人物・出来事とは関係ありません。音楽をきっかけに生まれた短い小説としてお楽しみください。
今日も保育園から呼び出し。
夕方の会議をリスケして、マストのタスクを引き継いで電車に乗る。
電車に乗りながらも社用スマホで同僚と連絡を取り合う。こうやって柔軟に対応してくれる仲間と働けているのはとてもありがたい。
それでも、胸の奥がきゅっと縮む。
“大丈夫ですよ”の裏に、どれだけの手間があるかを、私は知っているから。
保育園に着くと、息子が鼻を垂らしながら元気よく駆け寄ってきた。
「元気は元気なんですけどね。熱が出ちゃってるので。」
保育士さんは苦笑い。
状況を聞いて、その足取りでかかりつけ医に直行。
風邪だった。今朝は予兆なかったんだけどな。
バタバタと薬をもらい、帰路に着く。
息子の小さな手は、確かにいつもより熱っぽく感じる。
相変わらず鼻を垂らしながら歩く息子。
小さな歩幅でよたよたと歩く。
息子の歩調に合わせて歩くから、ついぼーっと考えてしまう。
息子の看病、仕事、帰ってからの家事、明日の調整・・・
ため息が漏れた。
考えなくていいことまで、頭の中で渋滞を作っている。
「ママ!」
急に足を止めた息子が、道端を指差した。
「おはながさいてるよ!」
指さす先を見ると、アスファルトの割目から小さな花が顔を出していた。
名前も知らない、可愛らしい白い花。
——ほんとうだ。
毎日通ってる道。
今朝だって、確かにここを歩いたはずなのに、気づかなかった。
「きれいだねぇ!」
息子はしゃがみ込んで、飽きることなく眺めている。
しばらくしたら満足そうにうなずいて、また歩き出す。
その手を、少しだけ握り直した。
この子は、今日をちゃんと生きているんだ。
そして、しっかり世界を見ている。
息子のピュアな心のおかげで、見失っていた大事なことに気づいた。
家に帰れば、また慌ただしい夜が始まる。
ごはんを作って、お風呂に入れて、寝かしつけて。
きっと今日も完璧にはできないだろう。
それでもいい。
今日はこの子が見ている世界を、垣間見れたから。
夕暮れの道を、二人で歩く。
小さな手の温度を確かめながら、私は静かに思う。
――帰ろう。
今日の終わりは、悪くない。
待ってるからさ、もう帰ろう
幸せ絶えぬ場所、帰ろう
去り際の時に 何が持っていけるの
一つ一つ 荷物 手放そう
憎み合いの果てに何が生まれるの
わたし、わたしが先に 忘れよう
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チップありがとうございます!
大変はげみになります。