【3分間小説】夜を縫う、嘘の笑顔|三日月 ― DREAMS COME TRUE
この作品はフィクションです。特定の曲や歌詞にインスピレーションを得て執筆していますが、実在の人物・出来事とは関係ありません。音楽をきっかけに生まれた短い小説としてお楽しみください。
「ねえ、今日のご飯どうする? 寄ってく?」
オフィスを出た瞬間、彼女がいつものように私の腕に自分の腕を絡めてきた。厚手のコート越しでも、彼女の体温が伝わってくる。
「うーん、今日は家でゆっくりしようかな」
胸の鼓動を悟られないように短く答えた。
私たちは、地下鉄の階段を一段ずつ、リズムを合わせるように降りていく。
「そっか。それよりさ、ねえ、報告!」
改札を抜けてホームに立つと、彼女が私の顔を覗き込んできた。
「私、結婚することになったんだぁ!」
心臓が、冷たい水に浸されたように冷たくなった。
「……え、嘘。マジで?」
「マジ。昨日、プロポーズされたの!」
彼女は私の腕をさらに強く引き寄せて、はにかんだ。その無邪気な笑顔が眩しくて、私は一瞬、息の仕方を忘れた。
電車が滑り込んできて、私たちは並んで座った。
「おめでとう! すごいじゃん、ついにだね」
震えそうになる声を、いつもの冗談めかした明るさで上書きする。彼女の一番近くに居続けるために、ずっと磨いてきた「親友」としての笑顔。
それがこんなにも完璧に、今の私の絶望を隠してくれている。
彼女は嬉しそうに、式の準備や新居の話を始めた。私は「へえ、いいじゃん」「楽しみだね」と、彼女の幸せな未来に丁寧に相槌を打つ。
膝の上で重ねた自分の指先が、微かに震えている。彼女に悟られないよう、私はそれを強く握りしめた。
誰にも言えなかった、この胸の痛み。彼女に触れるたびに、甘く痺れるような愛おしさを感じていたこと。
もし私が男だったら。
それとも、もっと違う世界だったら、、、
「……でもさ、結婚してもこうやって一緒に帰ってくれる?」
冗談めかして聞くと、
「当たり前じゃん、親友だもーん!」
と笑って、私の肩に頭を預けた。
その重みが、今の私にはあまりにも重すぎた。
「じゃあ、また明日。連絡してね!」
彼女が先に電車を降りる。
ホームで大きく手を振る彼女に、私は小さく手を振り返した。扉が閉まり、彼女の姿が遠ざかっていく。
数駅後、私は一人で地上に出た。
見上げた夜空には、今にも折れてしまいそうなほど細い三日月が、ポツンと浮かんでいた。
満ちることのない、欠けたままの私の心みたい。
手を伸ばせば届きそうな距離にいたのに、宇宙の果てよりも遠い場所へ、彼女は行ってしまう。
「……おめでとう」
もう一度、今度は誰にも聞こえない声で呟いた。
三日月は冷たい光を放ちながら、ただ静かに、私の孤独を夜空に刻みつけていた。
頼りない三日月月明かり あの人を連れてきて
情けない三日月月明かり あの人を連れてきて
📚編集後記
初めて編集後記を書きます。
久しぶりに、そして3分間小説では初めて写真を借りました。
「文字入れをしないで、実写の三日月を使いたい」と思っていたところ、どタイプどんぴしゃの三日月を発見。
素敵なお写真、ありがとうございます。
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チップありがとうございます!
大変はげみになります。