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東京二十四節気日記#42 梅雨明けと知らない街

✈︎小暑→大暑
7月7日 小暑
陽射しが変わる。関西梅雨明けとのこと。

遠くで蝉がなく。



目は治っていない模様。



かねてよりファンである作家のSさんが作品制作とは別に日記の連載をされていることを知る。日記の日付を見ると3年ほど前からだろうか。面白いなあ。あれほどの作品群はどのようにして描かれているのか、と常々思っていたが、生活や頭、心の中が垣間見えるようで(本当の本当は公開しないものなのかもしれないけど)とても興味深く読ませていただいた。いろんな思いはあるのだろうけど、それでも世界への接点の持ちようが健康的でいらっしゃる。文章から滲み出る滋味とご本人の隠れたチャーミングさに、読んでいてじわじわと「人と話がしたいなあ」という気持ちになる。



気温30度、湿度90%。ずっしりと重い。今年の梅雨は涼しいから見過ごしていたけど、例年この感じだったはず。夕方、西の空がぼんやりとオレンジ色に染まる。



ずっしりと空気の重い夕暮れ。白い百合の花が2輪咲くをみる。



この日記は武田百合子さんの富士日記に感銘を受けて始めたものだが、百合子さんの書く文章には自身が生きる世界への慈しみがある。あとはご本人のお人柄、チャーミングさと。Sさんの日記にも同じことを感じた。私もそうなりたいものなのだが。



茗荷谷へ向かう。湯島方面から歩くと、本郷で一度上がり春日へ向けて急な坂を下る。あとは千川通りに沿って谷を歩く。茗荷谷は谷間で湿度の高い地域であったために、江戸時代には本当に茗荷が栽培されていたのだそう。加賀藩邸(現東京大学)、徳川綱吉別邸(現小石川植物園)、新宿、池袋は坂の上にあり、こうして歩いてみると武家屋敷や宿場町は高台にあったのだなあと実感する。

目的はとあるギャラリー。次回のウェブ展覧会では、会期中実際に作品を観てもらえる場を作りたいのだ。展示はしていなかったためギャラリーの建て構えを外側からぐるりと眺めて、それから初めての街を歩く。雨は霧雨からだんだんと本降りに。



最高気温36度。東京梅雨明けとのこと。
夜になって買い出しに出かける。駅前の行政施設には広々としたギャラリースペースがあり、開催中の展示をのぞく。石ころを中心とした収拾物の展示。それだけだが、その人がどういうつもりでそれを拾い、集め、展示をしているか、ということがありありとわかってしまう。

妻木良三さんという鉛筆画の作家さんがいる。関西の海辺の街のお寺に務めておられ、鉛筆で山水風景のような抽象画を描いていらっしゃる。描くことと並行して、日々の生活の中で拾ったものをコレクションし、きれいに並べて写真を撮り、たまにX(旧Twitter)にアップされており、私はこの写真を眺めるのが好きだ。石や、鳥の羽や、動物の骨、白くなった貝など。あとはお庭に住んでいる小さい亀たちや蝉や白く大きな蛾とか、蘇轍の若芽。蔦の絡まる建物や海と空の写真。そこには命を見つめる眼とご自身の内省があるように感じるのだ。

何かと接点を持つ時、自分の半分は他者、というか、うまく言えないけど、自分を抱え込むのではなく手をほどいている感じがする。



ギャラリーのいくつかある候補の内、もう一つの候補は江古田。江古田もほぼ初めての街。日大の芸術学部があるんだっけな、と思いながら地図を眺める。



4週間前に腫れた目は2週間前にピークを迎え、現在小康状態に。治る時に治るもので、治療や投薬はその後押しなのだと実感する。

1週間ほど前に欅の盆栽の葉の伸びが悪いところを思い切って切った。「動くのかしらん?」と思っていた脇芽のないつるりとした枝から葉が吹き出している。わからないものだな。
色々と教訓めいている。



7月23日 大暑
夕方、風が吹き渡り、顔をあげ首筋で受け止めた。視線の先にはスズカケの実、柿の実、銀杏の実。こうして秋がやってきていることにホッとする。この暑さ(熱さ!)にも終わりは来るのだと。


今節の日記を読みにきてくださりありがとうございます。次回は8月7日、立秋の頃更新します。

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末松歩 suematsu ayumi サポートいただいたお金は、文化と美術の水脈を辿るべく、書籍や美術館代として使わせていただきます。記事として還元いたします。