上手な文章を書きたいな
上手な文章が書きたいな。
そんな身の丈に余る欲望を抱いたりもする。
書けなくて無力感に苛まされたりもする。
そして、
欲望を抱くだけなら勝手だけれど、大き過ぎる欲望は身の破滅を招くのじゃよ。
そんな風に、謎の老人に諭されたいな。
窓に雨が強く吹き付ける夜。突然ドアをノックする音。
恐る恐るドアを開けてみると、黒いローブを頭から全身に纏い、節くれだった太い枝を杖にした老人が立っている、傘もささずに。
黒い布の下のひどくしわがれた声からは性別も明らかではなく、語尾に「イーヒッヒ」をつけて喋る。そんな老人に何か有益なことを教えて欲しいんです。欲しいんですよ。
そして謎の老人の正体は、実はあの文豪だったのだ、みたいな展開が始まって欲しい。「僕の文章力を鍛える文豪との秘密の二十日間」みたいなヤツをさ。最終的には映画化されてレビューサイトで酷評されてほしい。
とは言え、「イーヒッヒ」と笑う文豪は居ないかもしれない。
いや、いるかも。おぼろげながらに浮かんできたんです、エーリッヒ・フロムという名前が。しかしそれは名前が「イーヒッヒ」に似ているだけだし、ましてや小説家でもない。
老人は言葉を続ける。
お前に文章の極意を教えてやろうじゃないか。
それは…。
それは…。と書いてから僕は逡巡する。
なんも分からん。分からんことは書けない。
上手な文章を読むと、上手だなあ、って思うことはあるけれど、上手いのはどんな文章か、どうやったら書けるのか全く分からない。
上手な文章とは、少なくとも僕が“上手だなあ”と思う文章とは、結局のところメリハリがあってキレイにオチがつく文章なのかも。
ダラダラとオチのない話とは全く違う。
リズムがあって、緩急がついている、そんな文章に憧れる。
スムースな導入、中弛みのない中盤、高まりつつ迎えるオチ。まるでダンスを踊るように、あるいは交響曲のように迎えるフィナーレ。
どうしたらそういう文章が書けるんですかね。
オチをうまくつけるにはどうしたらいいんですかね。思いあぐねて、とある人にふと相談してみた。
そんなん簡単やがな、最後に局部をボロンと出しましたって言えばええんや。そしたらみんな大受けやで(大意)。
などと言う。
ひどい。ひどすぎる。ひどいアドバイスもあったものだ。ボロンじゃないだろう。せめてポロンくらいに留めてほしい。可愛らしく。
念のため、その人の名誉のために言っておくと、職場では極めて真面目な振る舞いを要求されているあまりに、プライベートでは色々なタガが外れてしまうのだった。気持ちは分からなくはない。
とはいえ酷いアドバイスなのは間違いない。そんなので笑うのは小学生までだし、毎回同じオチにするわけにもいかない。
うんこチンチンで大爆笑するような安易な小学生イズムはご遠慮いただきたい。
このnoteは厨二病を煮詰めて煮詰めて煮凝りを作って、それを凍結乾燥してさらに蒸留水に溶解させて、遠心分離した上澄みを書くための場所なのだ。6年生とは2歳くらいは違う。
結局、どうやってオチのある文章を書けばいいのかは全くわからない。闇の中である。
悩みは解決しないから、気持ちは沈むばかりだ。
春の暖かな陽気のなかで、僕はひとり、悲しみにくれる。ひとり静かに、おちんこでいる。
