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お茶するべきだったかもしれない

夏ですね。
どういうわけか夏真っ盛りですね。
ということは、夏休みも真っ盛りだということです。確かなものが何もない現代社会においてこれだけは言えます。
少なくとも小学生にとっては。

つまり、うちの小学生の娘はんは、絶賛夏休み中なのです。量子的揺らぎをもちシュレディンガーの波動関数に従う夏休みが、存在する確率が100パーセントなのです。
などと、ネットリとした文章を書き連ねる湿度の高い金曜日。

そして中年男性である僕もなぜだか浮かれ気分になってしまいます。
夏休み気分は何故か伝染してしまうし、一緒に暮らしていればどうしても影響を受けてしまう。あるいはそれが家族なのかもしれない。
そして夏の魔物というのは、このことに由来するのかもしれない。よく分からないけれど。

もちろん僕は浮かれてる場合じゃない。
夏休みでは無いからだ。
なんなら娘はんも、そんなに浮かれてちゃいけない。宿題も出ている。

そんななか、拙宅の娘はんがお友達から遊びに誘われたというのです。
急遽、緊急家族会議が開かれ、議場では「遊べばええがな」「遊んでなんぼやがな」などといった言葉が飛び交い、賛成多数で即可決された。稀に見るスピード成立であった。

もちろん遊ぶこと自体はなんの問題もない。

ただ、子ども一人ではちょっと行きずらい場所に集合しなければならない。ちょっと遠いところに行くという。

ひとりじゃ行けない?
ならば送っていくしかなかろう。送ろうじゃないか、この僕が(ドヤ顔)。ふだん何の役にも立たない僕に、願っても無いチャンスが舞い込んだという状態。親らしいことをするチャンス、略して親チャンス。

そんなわけで某日早朝、僕はフレックス出社というはかりごとを駆使して、娘と共に移動する。訪れたるは市内某所。帰りはひとりで大丈夫とのことので、送り届けるまでがミッションである。

ともかく友達に会えて嬉しそうな、少し照れくさそうな笑顔の娘が見れてよかった。僕の前ではあんな顔しないものな、などとすこし寂しい気持ちになる、これも夏の魔物のせいかもしれない。

集合場所には他のお子さん、そして親御さんがいる。ウチ以外はみなお母さんが連れてきていた。
面識のある方もいたから、緊張せずにご挨拶などさせてもらったりと、ちゃんと社交も行う。娘のためにも、社会的グルーミングをやらなくてはならない。
自己紹介したり、いつもウチの娘がお世話になっております、などと言ったり、小粋なジョークを飛ばしたりと奮闘する僕だ。なんか調子が良かった。

他のお母様たちは、ちょっとお茶してから解散するのだという。そういうのあるよね。
彼女たちノリの良い方々のようで「男性一人だけだからアレですけどタカハシさんも一緒にお茶したりします?」と冗談混じりに誘われた。

これは社交が上手くいった証拠ではないか。
その気になれば僕だって適切な立ち居振る舞いができるのだ。そんな達成感を感じながら、「いえ、この後会議がありますので」と断って、颯爽と会社に向かった。

ここでタイトルが回収される。
ひょっとしたら僕はお茶するべきだったのではないのか。さらに社交を、あるいは社交の練習をすべきだったのではないか。
何かの経験になったのではないか、と後から後悔した。少なくとも何か書くネタが増えただろうし。そういうレアな経験には飛び込んで行くべきだったのかもしれない。
会議なんて本当は無かったのだから。


ところで子どもたちは仲良し4人組で遊ぶのだそうです。男子2人、女子2人で遊ぶのだという。
マジで?
お父さんはそんなこと聞いていないんですけど?

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