躍動感あふれる胃
点数をつけられるのが苦手である。A判定とかD判定とか、そういう判定もご遠慮したい。放っておいてくれないか。僕は隅っこの方で静かに体育座りをしているから。そっとしておいてくれないだろうか。
採点されるだけならまだしも、普段の態度にまでケチをつけられるなんて我慢ならない。なんの権利があってそんなことができるのか。
しかし彼らにはできる。
どこにいても追いかけてきて僕を採点しようと手ぐすね引いて待ち構えている。そんな絶大な権力をもった集団が確かに存在する。
僕は徹底的に調べられる。身体中をいじくりまわされ、変な管を口に突っ込まれたり、血を抜かれたり、排泄物を調べられたりする。まあ先方も仕事なんでね、それは仕方ないと甘んじて受け入れるにやぶさかではない。
つまり、今日は健康診断である。
健康を診断し、健康に診断される。
今日はそんな日だ。
もちろん覚悟はできていない。
健康診断を受ける。ここ数年は同じクリニックに通っている。
だからもうすっかり慣れっこだ。おなじみ。
いうなれば行きつけのクリニックである。
行きつけの店というのは嬉しいものだけど、クリニックだとそこまで嬉しくはない。
気の利いたお通し(季節野菜の煮物)もなければ、女将の小粋なジョークもない。あるのは飲むと胃がキレイに写るという謎の粉っぽい液体と、喉にかける麻酔だけだ。10秒我慢して飲み込めと言われるが、必ず僕はえずいてしまう。かなりえずき。
今働いている会社で使っている健康診断システムは、提携している医療機関のなかから希望のクリニックが選べる。アクセスやご都合に合わせてお選びください、っつうわけだ。
早い者勝ちだから、会社から近くて人気のあるところはすぐに予約がいっぱいになってしまう。僕はこういう時の出遅れには定評がある。デオクレティアヌス帝にも負けないほどの出遅れ。気がついたときには、ほとんどのクリニックの予約が埋まってしまっている。
生き馬の目を抜く現代社会。健康診断ひとつとってもこんなに競争させられるのかとうんざりするけれども、僕には秘策があるのだ。
なぜかみんなが選ばない穴場のクリニックを知っているのである。
それはビジネス街の一角、年季の入ったオフィスビルの中にある鄙びたクリニックだ。
内装は古く、壁には謎のシミがついていたりする。天井が一部剥がれかかっていて、妙に薄暗い。システムは古臭く、一般の患者さんも混在しているし、全般的にワイルドなのだ。看護師さんもみなベテラン揃いで、歴戦の傭兵のような風情。愛想がいい人もいるし、無口な人もいるけれど、みな修羅場を通ってきたことが分かる。目つきが違うし、手技に無駄がない。表情ひとつ変えずに注射を打つ。
たまたま同じ戦場で一緒になっただけの優秀な戦士、そんな雰囲気を感じる。なんだか野戦病院の趣がある。幸いなことに本当の野戦病院は知らないから、なんとも言えないけど。
もちろん人間もそうだが、病院も見た目ではない。大切なのは技術である。たしかにこの病院はピカピカではないけれど、腕は悪くない。画一的に患者を大量に受け入れている検診センターみたいなところよりも、むしろ信頼できると思っている。
そんなわけで、今日は年一回のお楽しみである。
いや、もちろんぜんぜんお楽しみじゃあない。
お楽しみであってたまるか。
でもどんなことにも楽しさを見出す気持ちを忘れずにいたい。
まずお腹のエコー。エコーはゼリーが気持ちいいから好きである。
次に胸のレントゲン。一瞬で終わる。
身長体重、視力、聴力、眼底検査。身長を測るのチョット楽しみである。少し伸びてる可能性があるから。
胴回り。メタボじゃないはず。
心電図。吸盤で吸われるのはちょっと気持ちいい。
血圧。
そして最後のメインイベント、胃の内視鏡検査。つまり胃カメラである。鎮静剤で眠っている間に、口の中に管を入れられる。鎮静無しでは絶対に検査が受けられない。
過去に一度だけ、鎮静剤無しで試したことがあった。嘔吐反射が極めて強く、身体が勝手に暴れてしまう。医療スタッフ総出で押さえつけられて、オエオエ言いながら胃の中を撮影された。終わるまで無限の時間がかかった。
結果説明の時、医者が笑いながら言った「あなたがあんまり暴れるから、胃の写真めっちゃブレてる。躍動感ありすぎ。」という言葉が忘れられない。
さすがにブレたらダメだろう。
