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台所にはニワトリがいる

映画バックトゥーザフューチャーの主人公マーティは温厚な性格だけれど、「チキン野郎」と呼ばれると激昂してしまう。怒りに身を任せて乱暴な行動をとってしまうのです。彼にはそういうところがある。

チキンというのは、文字どおりニワトリのことではあるけれど、英語のスラングでは“臆病者”や“弱虫”という意味になる。ニワトリがすぐに驚いて逃げ出す様子から生まれた悪口だ。

つまりマーティは「弱虫野郎」と言われて、我を忘れるほど怒ってしまう。それは彼が弱虫じゃないからだし、弱虫と言われることが彼にとって屈辱だからだ。

確かにそういう価値観はあるだろう。確かにそういう価値観はあったし、今もマッチョな思考様式として今も残っている。まあ80年代アメリカのことはよくわからないけれど、今の日本だって同じようなものだと思う。

舐められたら終わり、強くなければならない、そんな価値観は確かに存在している。たとえば僕の中にもある。弱くたっていいじゃん、臆病だっていいじゃん、そんな風に普段から理解があるように言っておきながらも、やはり「強くなければ生きていけない(優しくなければ生きていく資格がない)」などと急にハードボイルドを気取ってしまう場合もある。そういう価値観は根強い。

とはいえ見るからに弱々しいおじさんが何を言ってるのかっちゅうハナシなんですけれども。弱くたって良いんですよ、ほんとに。

そんな僕でもチキンレースに参加しなければならないときがある。否応なしに巻き込まれてしまう。そこに拒否権はない。

チキンレース、すなわちそれは臆病者が負けるレースである。ギャング同士が度胸試しに行うゲームにルーツがある。(ゲームと呼ぶには物騒過ぎるけど)たとえば、お互いがそれぞれクルマに乗り込んで正面衝突寸前まで猛スピードで突っ込んでいく。避けなければ両方とも命の危険がある。しかし先に避けた方が臆病者ということになり負けになる。先に避けた方がチキン野郎になるわけだ。
違うパターンでは、並走する自動車で断に向かって爆走して、先にブレーキをかけて止まった方が負けというのもある。
どちらもやりたくないし、もしやるなら早々に負けたい。僕はチキンで構わない。機内食もビーフじゃなくてチキンで構わないから。

しかし、否応なく巻き込まれるチキンレースがある。それは夜な夜な台所で開催される。
つまり、賞味期限と消費期限のことである。

1週間分の食料品を、週末にまとめて買い出しをするタカハシ家なのです。大量の食料品を冷蔵庫にストックしてある。そうすると、不可抗力で賞味期限が切れたりする。豆腐とか納豆とか、お肉とか。

賞味期限が切れること、それ自体は仕方がない。
受け入れざるを得ない。
記録は更新するためにあるし、締め切りは破るためにあるし、賞味期限は切れるためにある。
だから、切れてないですよ、切れさせたら大したものですよ、の精神に従い、数日間の超過は見ないものとしている。
勿体無いから出来るだけ食べたい。残らず食べてしまいたい。でもお腹は壊したくない

そのギリギリのせめぎ合いは、まさにチキンレースなのです。

賞味期限は安全を見て、厳しめに設定されている。だから1日過ぎたくらいではなんともない。では2日だったら?3日経過していたら4日だったら、そんな風に延々と伸ばすことは出来きない。どこかで必ず腐って食べられなくなる。逆ゼノンのパラドックス。
何日過ぎるまでは大丈夫なのかが分からない。見た目もあまり参考にならない。
そもそも腐っていない状態と腐っている状態はクッキリ区別できるわけじゃない。全ての食べ物は最初から腐っているともいえる。

消費期限なんていうもっとキレさせたら怖いヤツもある。ほぼ凶器といっても過言ではない。

ともかく、台所の僕ができるのは見た目や雰囲気から察知して、ギリギリを攻めることだけだ。
サヴァイヴするにはそうするしかない、生き残るためには賢く選び取るしかないのさ。


などと虚ろな表情で文章を打ちながら、ニョッキ氏はトイレに長時間座っているのです。

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