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夢をつかむ! 015_20240915

憑き物がとれる

昨日は「人の念」についてチラっと書いてみた。
私はスピリチュアル(精神世界)みたいなことに傾倒しているわけではないし、心理学も正式に学んだことはない。
たぶん、霊感もない(笑)

だが、たまに「人の念」みたいなものを感じるときがある。

本能的な防御だと思うが、だから私は「うぉんのすけ」を自分と切り離している。
知らない人からの念を受け取りたくないからだ。
とはいえ、これは物の考え様で、「応援」してもらっているうちは絶大な力を受け取ることができると思っている。

私が得意とする自分勝手な分析によれば、
人は気に入った人を応援したくなる、それが途中で憧憬や嫉妬に変わることがある。
このタイミングというのは、おそらく自分と身近または等身大だと思っていた人が実は全然違うステージ(舞台)やフィールド(分野)にいる人だということに気がつき、自分との遠距離に対する焦燥感みたいなものが生まれたときではないかと思う。

芸能人がよくゴシップニュースで一気に人気を落としてしまうあれは、おそらく人の念によるものだと私はとらえている。
知らない人が圧倒的に多すぎる。その見えない念に引きこまれてしまうのだ。

ま、でも案外、念の強さは大多数の知らない人よりも身近な人の方が強いのかもしれない。知らないうちに恨みや妬みを買ってたりして。
「この人調子づいてんな」と思う人は大概、気がつくと自分を見失っている。何かに取りつかれたかのように、我を忘れているうちに途中で本来の力を発揮できなくなってしまう。いつのまにか本領を封印されてしまうと言った方がいいだろうか。
何度も言うが私には霊感みたいなものはない(笑)
でもはっきり見えるのだ、たくさんのみえざる手がその人にべったりとついているような感覚。

それでもって、その人が大きく失敗するか、何とか持ち直すかはその人次第みたいなところはある。
大きく失敗すれば、それで満足した人たちの念はどこかにいなくなってしまうが、失敗の痛手は大きい。回復するまでに時間がかかる。
何とか持ち直す人は、おそらく他者の念を優しさか諦めに変えていける人だ。

「調子に乗っている」という感情は、結局、感謝が足りていないということなんじゃないかと思う。
この人は大柄な人だと思えば、恨みに変わる。
この人は本物だと分かれば、たとえ自分とはもう交わることがなくなったとしても、この人の信念は尊敬に値するからやっぱり頑張ってほしい、と応援に戻る。

もちろん人の評価が変わるのは、その人自身が変わるからだと思う。
失敗して人の痛みがわかって優しくなったり、周囲のサポートに気がついて感謝したり。そういう気持ちの変化が言葉や態度に現れてくる。

私は常に「調子に乗らない」自分を心掛けている。
アクセルとブレーキを交互に踏むため、なかなか前に進まない(笑)
でもそれでいいのだ。
それでも調子に乗る時は多々ある。そんな時は実家の母がタイミングよく声をかけてくれる。「あんた最近調子に乗っ取るで」
これが人からいろんな感情をもらう前に助けてもらう大きな武器となっている。

今はたくさんの人からの応援が必要だ。
支援もたくさんいただきたい。
だが受け取った恩情を全部返すだけの力量が自分にはないことを私は知っている。
そうなった時に、これまでいただいた応援の分だけ自分がダメになってしまう危険があるのだ。
それを心して、常に関わった人たちへの敬意と感謝の気持ちを忘れないようにしなければならないと今から自分を戒めているうぉんのすけでした。

もしnoteで私の異変(横柄さ)を感じた方があれば「おい、うぉんのすけよ、お前最近調子に乗っ取るで。原点に返れ」と厳しいお言葉をぜひ「早めに」かけていただきたいと思います。どうぞよろしゅう。

先人は常に成功と挫折の繰り返し。
挫折の時には「感謝」が不足した結果ではないかと分析したという話でした。

できれば私は人の想いを全て味方に変えて、自分の力にして、人や社会のために還元していくような人でありたいと思っている。


<1年前の”種まき日記”>
来年、教育実習を受けなければならない。昨年、約束をとりつけた学校にもう一度お願いに行った方がいいよな。今年は地域ボランティアの活動(の要望)がなく、全く足を運んでいないから、来月(ちょうど半年前)、確認がてら挨拶に行って見ようっと。

<2年前の”つれづれ日記”> 
懐かしいな。もう2年前の話か。現役最後の大仕事。
私は建物に関わる仕事をいくつか経験した。
建物はいい。それを見れば自分が関わった仕事だと言えるから。
仕事の成果が残るものは嬉しい。

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