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昭和の時代、ヤクザと警察は繋がっていた
携帯電話が普及してからは、ヤクザが素人に悪さをして、警察の四課(暴力団対策課)に駆けこむと、そこの刑事が問題のヤクザ個人に直接携帯で電話を入れて、行為の中止を命令していた
この記事の中にある文章です👇
そこで、イヤミなコメントを書くのが信条新庄つよしの小生は
社会論として興味深く拝読しましたが、昭和の刑事がヤクザに「携帯で直電」という描写に思わずお茶を吹きそうになりました。
昭和末期の携帯普及率は1%未満、巨大なショルダーホンを一部の富裕層が担いでいた時代です。
四課の刑事が末端ヤクザの携帯番号を握って直電する世界線は、昭和ではなく平成のVシネマの記憶が混ざってしまわれたのでしょうか。
せっかくのトクリュウへの鋭い問題提起も、この時空の歪みのせいでギャグに見えてしまい勿体ないです。
平成元年(1989年)時点での日本の携帯電話の人口普及率はわずか0.4%でした。
とコメントを書きました。
ちょっとピンボケなところも含めて、あの熱血漢のある文章が好きでした。 だからこそ、時代考証の誤りを見つけたときは、「間違っていますよ」とお節介ながらもコメントを入れてきました。
それこそが、私なりの敬意の払い方だったのです。
しかし、その結末は「ブロック」という、対話の拒絶でした。
自らの誤りや表記ミス、時代考証を指摘してくれる声を、私は「ありがたいもの」だと思っています。
サスペンスを愛し、歴史を専門に学んできた者として、事実という土台だけは絶対にブレさせたくないからです。
ネット上で批判されることは誰にでもあります。
私自身も完璧ではないからこそ、自分の誤りには常に謙虚でありたいと切に願うのです。
だからこそ、戦略師匠。
もし不快に思われたのなら、ブロックではなく「反論」をしてほしかったです。ただ、それだけでした。
名前に「戦略」を冠しながら、耳に痛いファクト(事実)を封殺して目先のプライドを守る姿は、戦略どころか、ただの戦術的撤退にすぎません。
異論を排除した先にあるのは、
イエスマンだけに囲まれた「裸の王様」のサロンです。
意見を封殺する世の中は、デジタルタトゥーの獲物になるだけの、まさに「戦略なき世界」ではないでしょうか。
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チップのお返しは・・・なにができるのか?思案橋です