吾輩はマック好きである。アイスは全店舗にない。
人間というものは、実に奇妙な生き物である。
株を買うと言えば、誰もが「いくら儲かるか」という話しかしない。
インターネットを開けば、
「この指数を積み立てろ」だの、
「いまは実力以上の高値だ」だのと、
まるで自分だけが世界経済の真理を握っているかのように騒いでいる。
しかし私には全員同じ顔に見える。
スーパーの総菜売り場で半額シールは貼る店員を虎視眈々と狙う一団だ。
戦国時代の…落ち武者狩りの農民みたいな目をしている人間である。
そういうことを言うと
「貴方は逆張り派ですね」などと、
頼みもしないのに人様に金融用語を貼りつけてくる。
現代人は、他人を分類しないと落ち着かない病気らしい。
犬には犬種図鑑があるが、最近では人間にも「高配当種」「インデックス犬」「FIREーMIX」などの分類表が存在するようだ。
ほぼ珍獣カタログである。
私は逆張りなどしていない。
ただ、好きだから買った。それだけだ。
◇
話は一九九二年、ハワイのパールハーバーに遡る。
そこで私は、日本のそれとは比較にならないサイズの、
文字通り「本物のバリューセット」に遭遇した。
トレーの上に載っていたのは、もはや食事とは呼べない拷問の大食い大会であった。
アメリカという国家が持つ、農業力、石油、軍事、資本主義、そして
「知らんけどポテトLにしとけ」の精神が、
一枚の紙トレーの上に結実した文明だった。
私は二度目の敗戦を経験した井上成美の心境だった…胃袋が。
あの瞬間、日本人としての慎ましさは、コーラの炭酸とともに食道を逆流し、太平洋へ流れ去ったのである。
その感動の余韻のまま、二〇〇一年、日本マクドナルドが上場すると同時に、私は株を買った。四半世紀前の話である。
それからのマックの歴史は、ほとんど「デフレとの地上戦」であった。
ハンバーガー六十五円。チーズバーガー八十円。
あの頃の日本人は、「安い」という言葉を聞くと条件反射で尻尾を振るよう調教されていた。
牛丼三百円、ユニクロ一九〇〇円。
「デフレ最高!」
「企業努力!」
「家計に優しい!」
――そのうち人間の時給も六十五円になるのではないかと私は怯えていた。でも経済評論家たちは、なぜか勝利した軍師のような顔で微笑んでいた。
努力というより、ほとんど切腹である。
企業が血を流してハンバーガーを提供している。
一度安くすると簡単に値上げできないと理解しているのにだ。
だが、そんな無理が長続きするわけがない。
案の定、マックのブランド価値はずいぶん傷つき、株価も撃沈した。
それでも私はマック株を売らなかった。
なぜなら…毎年、最低でも十二セット、私にハンバーガーを食わせてくれるからである。
これ以上の厚遇があるだろうか。
◇
世間では「マックのポテトは冷めるとまずい」と言われる。
しかし私は、この三十年間「温かいポテト」を食べながら怒っている人間を見たことがない。
みな、妙に幸福そうな顔で、フーフーしながら食べている。
人類はポテトだけでかなりの確率で機嫌が良くなる。
にもかかわらず、人々はネットへ参戦すると
「ポテトが冷めた話で盛り上がる。」
私は思う。冷めたポテトのことばかり論じる人間の頭の中身のほうが、
本当はカチカチに冷えてまずいのではないか?と。
そんな私にも一つだけ看過できない問題がある。
アイスである。
私はマックを愛している。
だからこそ、あの妙にうまいソフトクリームや、脳が一瞬だけアメリカになるマックフルーリーを、いつでも、どの店舗でも食べたい。
これは株主として当然の権利である。
だが現実は非情だ。
「当店ではソフトクリームの取り扱いはございません」
「ただいま機械調整中です」
人類は月に何度か…到達し、AIに人生相談までしでかしている。
量子コンピュータが、人間を𠮟る場面を、まもなく目撃するのだろう。
しかし二十一世紀の日本では、いまだに
「アイス機械の都合」によって、文明が敗北する。
もしかしたら…これは経営陣による
「中毒患者矯正プログラム」かもしれない。
「甘い汁ばかり吸うな」
「たまには苦い現実を舐めろ」
そういう資本主義的説法だ。
だとしたら、私は甘んじて受け入れよう。
なぜなら、マックとの関係は、もう損得ではないからだ。
これは投資ではない。
四半世紀にわたり、赤と黄色の道化師へ片思いを続ける、
中年男性の長期間片側一方通行恋愛である。
株価など知らない。
PERもROEも勝手にすればいい。
私は明日も優待券を握りしめ、揚げたてのポテトを受け取りに行く。
「今日はアイスの機械、動いてますように」と祈りながら、ドライブスルーに並ぶ。
……もっとも、こんな文章を書くと
「優待目当てのへっぽこ投資家」などと言われる。
まあいい。
悪女に惚れるような男は、
だいたい塩分の過剰摂取で命を縮める運命だ。
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チップのお返しは・・・なにができるのか?思案橋です