【道行き7-2】
【第七章『佳奈』-2】
「で、今日はどうする? いつも通りショートボブにする」
「そこなんですけど…… 思い切ってベリーショートにしたら似合いませんか?」
「そんなことないと思うよ。でも、見た目の印象はずいぶん変わるよ、いいの?」
「えぇ、大丈夫です」
「よし、それじゃ始めるか! いい、バッサリいくよ。思いっきりボーイッシュに仕上げてあげる」
「ちょっと怖いな、よろしくです」
ということになり、佳奈はヘアドネーション用の髪から切り始めた。今朝まで大事にブラッシングしていた髪が、小分けに束ねられてバッサリと切られる。何度経験しても慣れることがないこの儀式のような断髪に、茉由は毎回涙ぐんでいた。
朝早い時間のため客は茉由一人だ。だからだろう、いつもの口調で佳奈が聞く。
「で、どういうことなのよ、離婚ってこと?」
「うん、まぁ…… そういうことで……」
「詳しく話しなさい」
まるで命令されたように、茉由はこんな話を佳奈に話した。
稔と結婚することになって、茉由は勤めていた広告会社を退職した。茉由自身は仕事が好きで続けたかったのだが、稔から強く専業主婦になって欲しいと言われたからだった。しかし、それは稔の考えではなく稔の母親、つまりは姑の考えだったことを、結婚後に茉由は知ることになる。
甘い新婚生活もひと月を過ぎると、茉由は暇を持て余してしまう。結婚から三か月が過ぎたころ、帰りの遅い稔を待ち続ける毎日が、どうにも我慢できなくなった茉由は、仕事に戻りたいと稔に言った。それに対して稔の口から出た言葉は、「お母さんが納得しない」だった。
これには当然の如く茉由は反発した。これがきっかけとなって、茉由と稔は衝突することが多くなる。二人が衝突するたびに、稔は母親に連絡していたようで、すぐに姑から電話があった。夫婦間の些細ないさかいに対しても、すぐ姑が口出しするようになったのだ。やがてそれはエスカレートし、今度は新婚夫婦のマンションに姑が押し掛けて来るようになった。
「稔が親離れしないのか、姑が子離れしないのか。たぶんどっちもだろう」と茉由は思った。そして、「どちらにせよ、ここに私の居場所はなくなった」と思うしかなかった。そんな結婚生活が一年を過ぎた頃、茉由は耐えられなくなり、マンションを出て実家に戻った。
母を亡くし、落ち込んでいる父「昇」のことが心配だったということも、実家に戻った理由の一つだった。
そして茉由が実家に戻って三週間が過ぎたころ、姑から茉由に封書が届いた。薄い封筒の中には、稔のサインが書かれた離婚届だけが入っていた。茉由はその離婚届にサインすると役所に提出し、その足で引っ越し業者と一緒にマンションに行き、その場で自分の荷物をすべて持ち帰ったのだった。
「なるほどね~ そういうことだったか。ま、いいと思うよ。というよりあの小僧、私はキライだったんだ。なんで茉由が結婚したのか? 今でもわからん」
「私にもよくわかんないのよ、きっと『若気の至り』ってやつだったのかなぁ~」
「『若気の至り』ってさ〜 今でも十分若いわよ。私なんてもう三十路を半分過ぎたわ」
「佳奈さんの方が若いわよ、私なんてぜんぜん……」
「本当にあなたって子は、ダメ男にばっかり惚れて…… 茉由だったら、言い寄ってくる男はいっぱいいたでしょうに、よりどりみどりだったでしょう」
「そんなことないわ。よりどりみどりって、それは佳奈さんでしょう」
「私は今、男に興味なんかないわ」
佳奈は女性の茉由から見ても、とてもステキな女性だった。美人でプロポーションも抜群にいい。職業柄もあるのだろうがファッションセンスも良く、茉由は幾度か自分の服のコーディネートを任せたくらいだった。頭脳明晰でその生き方にも自分軸がしっかりあり、「並の男性では刃が立たないだろう」と茉由は思っていた。
「できたわよ、どう? 私は自信あるけどな~」
「ありがとうございます。なんかショートにしたら、頭が軽いっていうか」
「じゃなくて髪型よ。自分で切って言う言葉じゃないけど、こんなにボーイッシュなベリーショートが似合うとは思わなかったわよ」
「なんだか、私じゃないみたい」
「でしょ。でも、とっても似合ってるわ」
「で、今は男いないの?」
細部を仕上げながら、佳奈が聞く。
「うん……」
「怪しいな~ いるんでしょう」
「ちゃんとお付き合いしてる人はいないわ」
「じゃ、ちゃんとではない人はいるんだ」
「だから……」
「話しなさい。昨夜、本屋で推理小説なんか探してた理由もね」
佳奈の言葉には、抗いがたい魔力のようなものがある。それはカウンセラーの静かな浸透力に近い。「聞く」というより、相手の心の奥にある言葉を、丁寧に、それでいて強引に引き出してしまう力だった。
佳奈が高校生の時、ある事件がきっかけで親友が自殺した。あまりにもショックが大きく、佳奈自身も壊れてしまいそうになった。見かねた両親はあれこれと佳奈を気遣い、話し合ったりもしたが、なかなか佳奈は立ち直らない。困り果てた両親はカウンセラーの力を借りることにした。
ここが佳奈にとって転機となった。そのカウンセラーに自分の気持ちを聞いてもらうだけで、高校生の佳奈はみるみる自分を取り戻していった。やがて自分もカウンセラーの道に進みたいとまで思い始めた佳奈は、一旦美容師になる夢を捨て、心理学を学ぶために大学に進学した。
大学で佳奈は、コールド・リーディングの存在を知り、独学で学び始める。もともと頭のよかった佳奈は、このコールド・リーディングの虜になり、大学は二年で中退した。その後は本来の夢だった美容師の世界に入って行くのだが、コールド・リーディングの世界も忘れられず、独学による勉強は続けていた。
そんな佳奈の手にかかると、話している当人は、自分が話しているということを意識していないかのように話してしまう。相手が佳奈でなければ、茉由もすべては話さなかっただろう。
早めにランチタイムを取って、佳奈は茉由を店の外に連れ出した。佳奈の行きつけのカフェでランチを食べながら、隆夫との事件の経緯から今に至るまでの大まかなことを、茉由はすべて佳奈に話してしまった。当然、その話の中には八雲との関係も含まれている。
話し終わった茉由に、いたずらっ子のような目をして佳奈が聞く。
「で、茉由はその中年男に惚れたってわけ?」
「そんな…… 違いますよ、惚れたとか言わないでください」
「だって話を聞く限り、そうとしか思えないわ。その隆夫っていう同級生に惚れてるわけじゃないでしょ」
「だって、隆夫は……」
「ほら、じゃその中年男しかいないじゃない」
「中年男って……」
「白状しなさい、惚れたんでしょ」
「う~ん、よくわかんないけど……」
茉由の目を覗き込むように身を乗り出し、耳元で佳奈が言う。
「ネ・タ・ノ?」
一瞬間をおいて、茉由の顔がみるみる赤くなる。
「アハハ! 冗談よ。でも茉由って生娘でもないでしょうに、真っ赤になっちゃって、かわいいな~」
「からかわないでくださいよ、本当にもう」
「ま、その様子じゃ、まだ告ってもいないんでしょ」
「だから、まだそんな関係じゃないって……」
「いつになったら、そんな体の関係になるの?」
「体の関係って、だから……」
なにかを言い出そうとして口ごもり、茉由は俯いた。
「あ、ごめん。もうこんな時間になってたんだ。お店に戻らなくちゃ」
店の壁掛け時計で時刻を見た佳奈が、「マズイ」という感じで伝票を手にした。
「また今度、ゆっくり進展を聞かせてね」
「あ、佳奈さん、私の分……」
「今日は面白いお話聞いたから、ランチはおごるわ」
慌てて財布を取り出す茉由にウインクして、佳奈は店を出て行った。
「あぁ…… また、佳奈さんの口車に乗せられたわ」そんな独り言を呟きながら、茉由も店を出た。
ーー続くーー

